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Bibio: Bib10

2022 / Warp / Beatink
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ポストモダン的懐古趣味を拒絶する
「ノスタルジー」という名の抵抗の軌跡

14 November 2022 | By Nami Igusa

「エモい」「チルい」…… 中身を欠いたコピペばかりが今日もまたネット空間に氾濫している。「昔は良かった」的安っぽいリバイバルは後を絶たないし、「シティポップ」と謳えばなんでもありがたがられる。マーク・フィッシャーの言うところの、未来の想像に挫折したポストモダン的文化シーンのこうした諦念漂うノスタルジア・モードは、コロナ禍以降さらに加速しつつあるようにも感じられてならないのは筆者だけだろうか。そうした潮流にあって、例えば駅ビルの中の量産型のカフェなんかでイージーリスニング的に消費されてしまいがちなモノの代表格が、ビビオの音楽であるとのはなんとも皮肉で悲しいことだ。なぜなら、そのビビオことスティーヴン・ウィルキンソンという人はまさにそのノスタルジーを、そうした現状への抵抗と前進のために自らの作品に編み込んできた張本人なのだから。

今作が軸足をおいているのは、70年代~80年代のスウィート・ソウルだ。そのタームごとに作風のチャンネルを切り替えながらも、ビビオの作品はこれまでも常に甘美なソウルのフレーヴァーを纏っていたものの、“10枚目”という節目を祝うという目的から、今作では煌びやかでシルキーなエレキ・ギターをメインの楽器に据え、踊れるパーティ・アルバムを目指したのだという。確かに、プリンスへの敬愛を込めた「Potion」、『A Mineral Love』でも共演したオリヴィエ・セント・ルイスとのディスコ・ブギー・チューン「S.O.L」、「Cinnamon Cinematic」に至ってはファレルの「Happy」までも彷彿とさせる爽快なポップ・R&Bナンバーになっているわけだが、どこか胸の奥をキュッと締め付けるほろ苦さもまた一緒に訪れる感覚があるのは、ビビオがそのキャリアを通じて決して手放さなかった、古いラジオのようなくすんだ音像と、掴もうとすれば忽ち消えてしまいそうな蜃気楼のようなリバーブがもたらす儚さゆえだろうか。

懐古趣味? いや違う。特定の年代へのオマージュが主幹を成していても、同時にそれとは全く関係のない音も一緒に聴こえるアレンジメントが、それを明確に否定している。前作『Ribbons』や続くEP『Sleep On the Wings』でサウンド・パレットに加えられたヴァイオリンやマンドリンもその一つ。アイルランドから南欧に至るまでヨーロッパの民族音楽のエッセンスを吸い上げて(曰くロマのギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトの影響を受けたとか)、その土地に染み付いた記憶を呼び起こすこうした音色を、ただコラージュするだけでなく、例えば「Rain and Shine」なんかでは(トラッドとしてではなく)メロウなアーバン・ソウル風のメロディとして奏でるなど、特定の場所や時間から解放してみせているのだ。そうすることで、彼はリスナーを想像の余白へと誘うことを可能にしているのではないだろうか。

冒頭の「Off Goes the Light」を再生するや否や聴こえてくるのはアナログシンセと思しきビートで、「Even More Excuses」などでは808サウンドもフィーチャーされている。こうした“ノスタルジックな”アプローチの背景を彼自身は「80年代の未来的なところに惹かれながら、同時に人間らしさに惹かれている」からだと語るが、そうした徹底したハンドメイド主義は手巻きのゼンマイおもちゃに着想を得た『Hand Cranked』(2006年)からなんら変わることがないことにも気付く。ウィルキンソン自身、《Warp》に長らく所属しながらシーンからは常に一定の距離を置き、田舎で自分で薪を割ってくべるような生活をしている(!)というが、そうしたクラフト感へのこだわりは、つまりは“すでにあるもの”の模倣の拒絶であって、“コピペ”の拒否だ。事あるごとに「フォークトロニカ」や「チル」と呼ばれることを丁寧に拒み「その言葉には何の意味もないし、使われすぎていると思う。僕は、音楽を言葉で表現しようとはしない」という彼の揺るがぬ姿勢は、未来の想像 / 創造をやめ、すでにあるモノをありがたがる人々のポストモダン的振る舞いとは対極に存在しているのだ。

ノスタルジー。ビビオが私たちに喚起させるそれは、諦めではない。むしろ、諦めの漂う社会から知らぬ間にこぼれ落ちてしまうものを拾い集める彼の、抵抗の旗印なのだ。そして『BIB10』はその軌跡であり、スティーヴン・ウィルキンソンという人がアルバム10作をかけて守り続けてきた、切なくもあたたかく煌めくタフなピュアネスの結晶なのである。(井草七海)



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「音楽は僕にとって、夢や幻想と同じで、想像力を使って空想の中の新しい場所へ旅立つことなんだ」
http://turntokyo.com/features/inteterview_bibio_sleeponthewing/

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