Review

mei ehara: Ampersands

2020 / カクバリズム
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彩られる豊かなサウンド、訪れる平熱と静謐

02 June 2020 | By Dreamy Deka

このニュー・アルバムがリリースされるちょうど数日前、彼女がまだmei eharaと名乗る前にmay.e名義でリリースした音源『See you soon session for us』(2015年)をBandcampで入手した。アコースティック・ギターと管楽器だけのシンプルなアレンジをマイク一本で録音したデモ音源に近い作品だが、まるで極北の海に浮かぶ氷山のような、鋭敏で揺るぎのない美しい歌に思わず息を飲んだ。この歌声さえあれば、他にはもう何もいらない。そんな気持ちにすらさせる孤高の存在感を、デビュー前夜から放っていたのである。

その地平から見れば、今作における開かれたサウンドスケープは、驚くほど意外性のある進化である。キセル兄こと辻村豪文のプロデュースによるファースト・アルバム『SWAY』(2017年)は彼女の繊細な内的世界を丹念に抽出した傑作だったが、今作では『Ampersands』つまり「&」を意味するタイトルや、色とりどりの人々が描かれたアルバム・ジャケットが象徴するように、多様性に溢れたバンド・サウンドが鳴らされている。それは時にロックステディなバックビートだったり、土の香りがしそうなR&Bのグルーヴ、あるいは牧歌的なブラジルのリズムだったりと、いくつかの音楽的な定型をベースにしているが、浜公氣(Dr)、coff(Ba)というどついたるねんの旧リズム隊に、思い出野郎AチームやGUIROなどのサポートで活躍する沼澤成毅(Key)、そしてトリプルファイヤーの頭脳である鳥居真道(G)といった個性と知性に富んだメンバーによる演奏は、ジャンルという舗装路から絶妙に逸脱・遊離することによる新鮮なスリルを感じさせる。そしてmei ehara自身の歌声も、バンドの一員として音楽に溶け込むことで生まれる感情のゆらめきを重視しているようにも聴こえ、この5人の深い融合によって生まれたM4「どちらにピントを」における緊張と弛緩、有機と無機を自由に往来するグルーヴ、あるいは2018年にリリースされたシングルの再録であるM9「最初の日には」の音を通じたコミュニケーションの歓びがこぼれ落ちていくるようなアンサンブルは、このアルバムのクライマックスだ。

そしてもう一つ言及しておくべき重要なポイントは、これだけの豊かなサウンドに彩られながらもなお、サイケデリアすら感じさせる平熱と静謐といったmei eharaが持つ独自の世界観は不変のまま保たれているという点である。私はここに彼女の表現者、プロデューサーとしての強い意志と高い能力、そして個人主義を貫きながら多様性を尊重するという現代的価値観の完璧な体現があるように思う。(ドリーミー刑事)



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