Review

Angel Olsen: All Mirrors

2019 / Jagujaguwar
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脆さをも炙りだす孤独のオペラ

16 October 2019 | By Nami Igusa

好き嫌いの分かれるアルバムではあると思う。しかしいずれにせよ、紛れもない“怪作”であることは確かだ。ジャミーラ・ウッズ、ボン・イヴェール、と今年は立て続けに看板アーティストの新作──しかもいずれも他者の存在によって自己を再発見するような──を送り出した《Jagujaguwar》にとってもこのリリースはとりわけ驚きに満ちたものだったに違いない。エンジェル・オルセンの強靭かつ壮大な約3年ぶり4枚目のアルバムは、大絶賛を浴びた2016年(“あの”2016年だ)の前作『My Woman』さえもまだ蛹の状態だったのかと思わせるような目覚ましい変化を私たちに見せてくれた。

『All Mirrors』は、14人編成のオーケストラをほぼ全編を通じてバックに起用したという大胆なアルバムだ。ボニー“プリンス”ビリー、元ウィルコのリロイ・バックらに見初められデビューしたこともあり、(基本的には)フォーク・ロック畑を道を歩いてきたシンガー・ソングライターであるエンジェル・オルセンが、表面的にはほとんどその出自を感じさせることのない表現に振り切ったというところが、まず一番の驚きである。ストリングス・アレンジに貢献したのは、アレンジャーのJherek BischoffとBen Babbitt。特に前者のJherek Bischoffは、ボン・イヴェールの新譜『i, i』にも参加していたBrooklyn Youth Chorusのアルバム『Black Mountain Songs』(2017年)に楽曲提供していたりもするのだが、中でも特にクラシック〜前衛にかなり傾倒したアレンジが印象的だった。その手腕は、今作『All Mirrors』でも遺憾無く発揮されている。ストリングスを前面に押し出したという点では、今年リリースされたばかりのワイズ・ブラッドの『Titanic Rising』と並べられる向きも当然あるが、『Titanic Rising』を歌メロを優美なストリングスでまとめたあくまでポップス然とした作品だとすれば、今作はオペラ、歌劇に近い。迫力の低音、迫り来るようなトレモロ、激情的でスリリングな展開…そして、1曲ごとに声色や歌い回しが異なる彼女の歌に、私たちはまた驚かされる。まるで戯曲のようではないかと。

そこで思い起こさせられるのはやはり、スコット・ウォーカーだ。そしてスコット・ウォーカーといえば、朗々と演説するような自由な歌の節回しも印象深いわけだが、エンジェルの歌にもまたメロディから少しだけはみ出てしまったようなフリーフォームな部分があり、そこがとりわけエモーショナルなのである。そもそもエンジェル・オルセンというアーティストはまず何より「歌」、つまり、言葉と、声と、節回しの人だ。だとすれば、今作のようなオペラ / 戯曲のような方向性に彼女の野心が向かったことも大いに納得がいくし、考えてみれば、声と歌い回しを巧みに使い分けながら様々な女性の横顔を切り取ったような前作『My Woman』だってそうだったのだ。つまりは、今作は、そんな聴き手の予感──“女優=エンジェル・オルセン”を具現化したアルバムなのだとも言えるだろう。

その今作で歌われているのは、孤独、そして自分と向き合うこと、である。孤独というのは何もネガティヴなものではない。前作の評価により取り巻く状況が大きく変わった彼女にとって、ノイズから離れ一人で思索に耽ることがこれまで以上に重要なものになったのだろう。表題曲「All Mirrors」はまさに鏡に写る自分自身との対話をモチーフにしているし、アルバム中最も壮大な大曲「Impasse」では<I’m just living in my head>と繰り返す。だが、ラストの曲「Chance」の歌い終わりなどからは一方で、やはり他者からの愛を求める渇きを感じ取れるのも事実だ。

そんなアンビバレンツなリリックとオーケストラの仰々しさと歌の演劇性のコントラストは、己の深淵への思索という側面のみならず、彼女の言葉に宿るそうした自身の人としての脆さや無防備さまでもを、むしろこれまでの作品以上に一層際立たせているようにさえ感じられるのだ。元々は、ソロ・ヴァージョンとバンド・ヴァージョンのダブル・アルバムでのリリースを考えていたという今作だが、その生々しさと力強さの表現を同時に内包することに成功させたのが、この『All Mirrors』の最も奇跡的なところだ。果たしてそれを、怪作と呼ばずになんと呼ぶのだろうか。(井草七海)

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