Back

「旅や移住は文化や情報をシェアする大切さを教えてくれる」
ディス・イズ・ザ・キットの新作にみる、
地域と文化の横断が導く希望

26 October 2020 | By Shino Okamura

ディス・イズ・ザ・キットのニュー・アルバム『Off Off On』が抜群にいい。地域と音楽性を多様に交錯させ自らも横断しながら制作した、今年屈指の1枚だ。フォークやカントリーなどのルーツ・ミュージックに音響面の処理やアレンジの妙味から“アプローチ”した作品が多い中、ディス・イズ・ザ・キットことケイト・ステイブルスは音楽性そのものをディグして進化させている。早い話が、彼女は雰囲気に逃げていないのだ。

尤も、彼女は2008年のデビュー・アルバム『Krulle Bol』の時点では、フォーク音楽……わけても英国的フォークにモダンに昇華させることを目標としている側面もあった。しかし、その頃はジョン・パリッシュと組んでいた彼女も、その後、ザ・ナショナルのアーロン・デスナーやトーマス・バートレット、そして今作のプロデュースをしているボニー・ライト・ホースマンのジョシュ・カウフマンら現代のアメリカ音楽を豊かにしているミュージシャンと多く交流。かなり意図的に活動基盤や仲間を撹拌させている姿勢を印象づけている。何より、イギリスはウィンチェスター生まれ、ブリストル経由でパリ在住の彼女のメイン楽器はバンジョーである。

もちろん、誰も手をつけていない面白いことをとにかくやってみようという、シンプルな好奇心によるものかもしれない。けれど、「どこでもないどこか」などといった曖昧な表現を寄せ付けない、「こことあそこを自ら行き来する、音を行き来させる」ことで生まれる彼女の作品の手応えは、フォークという音楽が、バンジョーという楽器が、実は今、最もヴィヴィッドな音楽であり武器あるというテーゼを鮮やかに浮き彫りにしているのだ。『Off Off On』はフォーク、ファンク、ジャズなどが混在するハイブリッドな作品ではある。だが、フォーク音楽を柱にしていることの誇りのようなものが、バンジョーやアコースティック・ギターの凛々しい音色や、堂々と歌を綴るエレガントなヴォーカルから伝わってはこないだろうか。

そんなケイト・ステイブルスのインタビューをお届けする。なお、この取材自体は9月に行われた。現在、パリを含めたヨーロッパ各地は再びコロナ感染者が急増している。
(インタビュー・文/岡村詩野)

Interview with Kate Stables(This Is The Kit)

——いきなりですが、この春のステイホーム期間はどこでどのような生活をしていたのですか?

Kate Stables(以下、K):私は基本パリにいるんだけど、ロックダウン中のパリはすごく厳しかった。緊急事態や食品の買い物以外で外に出ることが禁止されていたから、ずっと家にいるしかなかったの。今はやっと普通に戻ってきたけど、もちろんみんな常にマスクをつけてる。あとは、何回も手を洗ったり……まだ完全に普通とは言えないわね。大都市だと他の場所よりも高い意識が必要だし、より気をつけないといけない。希望を持って自分たちに出来ることをやりながら、皆で出来るだけ交流しようとしている感じね。私も最近フランスで3つギグをやったの。オーディエンスはみんなマスクをつけてた。また普通にショーができるようになるといいんだけど。

――コロナはあらゆる人類に等しく考える時間を与えたと思いますが、あなたにはコロナが何を気づかせてくれたと言えますか?  

K:皆も同じだと思うけど、普通の生活が出来るということがどんなに恵まれているかに気づいたと思う。まだ普通の生活ができていない今でさえ、自分がラッキーだと思うしね。コロナによって、私たちよりもずっと深刻な状況におかれてしまっている人たちが沢山いるわけだから。あと、コミュニティの大切さにも気づいたと思う。近所で困っている人がいれば、お互いに助け合うとか。常に変化に対応できる状態でいなければいけないってことね。自分が思いもしていなかったことがいつやってくるかわからない。でもそれっていつだって起こりうることで、私たちはそれがいつ起こっても大丈夫なように準備しておく必要があることがわかった。この状態って最悪だけど、いろいろな見方を発見出来る良い機会にもなっていると思う。

――コロナによって今作の制作のスケジュールが狂ってしまったりしました? 

K:アルバムは全て去年のうちに書き終えていたし、レコーディングは3月の第1週だったから、まだ新聞でコロナのニュースを読んでいる程度だったの。レコーディングはイギリスのボックスっていう村で、期間は一週間。スタジオはピーター・ガブリエルのスタジオ《Real World》よ。すごく良い場所。そこは寮みたいになっているから、そこでレコーディングをして、食べて、寝て、っていうルーティーンでずっと過ごしてた。いくつか他にもスタジオがあるんだけど、他のスタジオではジョン・パリッシュが他のバンドと一緒に作業していたわね。自分と親しい人たちが周りにいるのは嬉しかった。でも、正直、「うーん、これってコロナでちょっと危なそう…」とは思っていた。そう思いながら毎日スタジオに来てレコーディングしてたの(笑)。で、レコーディングが終わって、参加してくれたメンバーみんなそれぞれの国や街に帰ったら、その途端ロックダウンが始まった。だから、本当にギリギリのタイミングでレコーディングを終わらせることができたのよね。ミックスはロックダウンに入ってからだったから、プロデューサーに直接会いに行く予定だったんだけど、オンラインでやりとりすることになった。今の時代それは幸い可能なことだったし、長くはかかったけど、結果満足いくものに仕上がったから特に影響はなかったわ。

――今回のアルバムは、タイトル『Off Off On』自体がそうですし、1曲目「Found Out」や「Started Again」、そしてラストの「Keep Going」まで、どことなくこの混迷した状況による「気づき」や「覚悟」「希望」などが入り混じったようなタイトルが印象的です。新作を作るにあたって、当初どのようなヴィジョンを描いていたのでしょうか? 

K:私はあまりヴィジョンを持つのが得意じゃなくて(笑)、一斉にいろいろなことを始めて、それがどうまとまっていくかを過程の中で見て行く感じ。仕上がってから、「あ、私これとあれやったんだ!」って気づく感じなの(笑)。希望や覚悟みたいなものが多く出てきたのは、多分私が個人的に常にそれを考えているからかもしれないわね。私自身もそうだし、集団としてもそう。ポジティヴな見方をしようとしているんだと思う。それがこのアルバムの製作中に無意識に出てきたんじゃないかな。

――では、出来上がった今、完成したアルバムを見て、何がアルバムのテーマになっていると思いますか?

K:そうね……確かにさっき話してくれた「希望」とか「前進」かもしれない。逆境の中で気づくこと、感じること。そして、皆で一緒にそれを乗り越えるということ。世の中では今ネガティヴなことが沢山起こっているし、クレイジーな指揮者たちもいる。でも、皆でそれを切り抜けることが出来ると私は信じているの。私が普段考えていることでは個人的なことであっても、みんなも私と同じ社会の中に生きているし、同じものを目にしているわけでしょう? つまり、曲を書いている時は自然と私個人のことを考えているとしても、それが結果的に社会とつながっている、というのは確実にあると思うの。おそらく私が考えていることは、多くの人も同じく考えていることかもしれないし。そういうことがこのアルバムには込められているかもしれないわ。

――あなたが今住んでいるパリを含めてヨーロッパは移民政策で社会の意見が二分していたり、ナショナリズムが台頭してきたりと、非常に危うい状態が続いています。こうした社会の中で音楽家として生きていくことはどの程度困難で、また、それがどの程度あなたにエネルギーを与えていると言えますか?

K:私はラッキーだと思う。というのは、仕事で様々な人々と接するし、旅をして色々な物を見たり経験するから世界のことを勉強できる。あとは移住。旅や移住は文化や情報をシェアすることがいかに大切かを教えてくれるわ。私自身パリに移り住んだけど、移住はとてもいいことだと思ってる。それが今回のアルバムにも表れていると思う。だから、移民の人たちは私たちの仕事を奪っているのではなく、私たちの国をあらゆる意味で豊かにしてくれていると私は思う。ツアー・ミュージシャンという職業は、確実にその考えを刺激してくれるものだと思うわ。

――なるほど。確かにあなたはもともとイギリス出身で、今はパリ在住。しかも、あなたがメインの楽器にしているのはバンジョー。様々な地域や国を横断していますね。つまり、民族、人種を超えて豊かな音楽や文化の共有を実践していると言えます。様々な人種が渦巻く現在のパリに暮らして音楽活動をしているあなたにとって、そうした自覚はどの程度あると言えますか?

K:私にそのスキルがあるかはわからないけど、それができていたらいいなとは思っていて。いち人間としてももちろんそれが出来たらなと思うし、ミュージシャンとしては特にそう思う。様々な人々へのアクセスがあるし、私の義務は、会話の中でトピックとしてそれを取り上げ、それに関する対話の扉を開けること。ミュージシャンという立場を生かして、それに貢献できたら嬉しいわね。それに、音楽作りにおいて私が得る喜びの殆どは、一緒に音楽を作っている相手から得ているの。だから、私にとって誰と一緒に作業をするかというのはすごく大切。今回の作品を手がけてくれたジョシュ・カウフマンはもちろんのこと、アーロン・デスナーもそうだしジョン・パリッシュもそう。プロデューサーを選べるのは嬉しいことだけど、必ず私自身がそのプロデューサーの音楽のファンである必要がある。そして同時に、その音楽が私にとってチャレンジであることも重要ね。これまでのどのプロデューサーも、私とテイストが同じでありながら、違う分野の音楽にも精通している人ばかり。私もプロデューサーもどんな音に対してもオープンであることが大切なの。ミュージシャンとしてだけでなく、普段の生活でも様々な人たちと作業するって大事だと思う。

――そのジョシュと組むことになったいきさつは?

K:ジョシュと出会ったのは、彼がプロデュースしたアナイス・ミッチェルの「Woyaya」(2019年)に参加した時。あれはオシビサのカヴァーだったんだけど、あの曲でジョシュと一緒に仕事ができたのがすごく嬉しかったの。この人のアプローチってすごいなって思った。沢山アイディアを持っていたし、共通点も沢山あったし、好みも似ていて、お互いのエナジーと音楽をエンジョイできたの………あ、待って。最初に会ったのは、彼が私ディス・イズ・ザ・キットのショーでいきなりギターを演奏した時かもしれない。ギター・プレイヤーが急遽必要になった時に、僕がやるよって言って、リハーサルなしでプレイしてくれたんだけど、それが最高だった。彼と作業するのも演奏するのも本当に大好き。だから、いつかアルバムをプロデュースしてほしいって思ってたのよね。つまり、彼は素晴らしいプロデューサーであると同時に、素晴らしいギタープレイヤーでもある。それは彼の一つの特徴。そして、人々と接するのがすごくうまい。彼のユーモアのセンスって本当にすごくて、スタジオ内に特別で最高のエナジーと雰囲気を作り出すの。スタジオの中で何度笑ったかわからない。本当に楽しかったわ。あと、人の気持ちを察するのもうまいのよね。その人が何を必要としているか、どんな自信が必要か、それを理解して勇気付けてくれる。ジョシュとは、本当に気持ちよく作業ができるの。

――例えば今作だとどういう点でジョシュとの仕事は刺激的でしたか?

K:彼は本当にオープンマインドで、あらゆる可能性に耳を傾ける。私だったら普通選ぼうとしない音を選んだりね。例えば、最新アルバムの最初の曲(「Found Out」)で私ならアコースティック・ギターは使わなかったと思う。実際、あのギター・ラインは彼が書いたの。そのギターだけじゃなく、スタジオにはいくつか楽器が転がっていたんだけど、彼はそれを手にとって、音を出してみたりしていた。あのアプローチは気に入ったわ。

――あなた自身も様々な楽器に精通していますよね。でも、あなたのメイン楽器はバンジョーです。なぜバンジョーをメイン楽器に選んだのですか?

K:バンジョーを始めたのは多分18歳の時。父親がどこかからみつけてきたバンジョーが家にあったから、理由もなく弾いてみたの。でも、バンジョー奏者みたいにちゃんとしたバンジョーの弾き方はできない。超自己流よ(笑)。その流れで、同じようにアメリカのルーツ・ミュージックを知ったのは両親が聴いていたから。私が子供の時、両親は色々な音楽を聴いていたんだけど、その中でもフォーク・ミュージックは彼らのお気に入りだった。だから、ボブ・ディランやウディ・ガスリーといった彼が影響を受けたミュージシャンたちの音楽を沢山聴いて育ったの。

――その頃にはもう曲を作っていたんですよね? 

K:ええ、16〜17歳の頃には作っていたわ。曲を書き始めたきっかけは、他の皆と同じ。ティーン・エイジャーでギターを持ってたら、まずは自分が好きなアーティストの曲を演奏し始めて、それで弾き方を勉強してから、自分の曲を書くようになるでしょ? で、演奏ができるようになって前より上手くなると、曲を書く自信がつくんでしょうね。ティーンの時は、アーニー・ディフランコのファンだった。彼女の曲はアメリカのフォーク・ミュージックのルーツに大きく影響されているし、彼女のおかげで、他とは違うギターのチューニングの仕方を学んだわ。普通にチューニングするんじゃなくて、自分の感覚で音の流れに合わせてチューニングして、自分でもそれをどうチューニングしたか後になって全然思い出せないって方法(笑)。そんな彼女のギターの弾き方に、私は大きく影響を受けたの。

――ただ、さきほども話してくれたように、今回のアルバムはそうしたアメリカン・ルーツ・ミュージック以外の要素がかなりアグレッシヴにクロスオーバーしています。例えば「Coming To Get You Nowhere」などはホーンが挿入されたフリーキーなスタイルで、ウェザー・リポートやマハビシュヌ・オーケストラのようなジャズ・ロックの影響も感じられます。

K:その効果は、チーム全体によって作られたものだと思う。適当に色々試して作ったんだけど、私が書いた時点では、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドみたいなサウンドだった。でもそれをスタジオに持って行ってプレイすると、なんだか警察番組のテーマ・ソングみたいな感じになっちゃって(笑)。サイレンの音を入れようかなって思ったくらい(笑)。そんなサウンドにしたいわけじゃなかったから、皆で音を変えていったらそういうアレンジになったの(笑)。スタジオ内だけでなく、ニューヨーク在住のミュージシャンの友人、アダム・シャッツ(今年のベッカ・マンカリ、シルヴァン・エッソの作品にも参加しているマルチ・プレイヤー)に音源を送って、彼のシンセとサックスをのせてもらったりもしたわ。

――いみじくも、同じジョシュやアーロンが関わったテイラー・スウィフトの新作『folklore』はパンデミックの最中に作られたアルバムでした。しかも、あなたの新作同様にアメリカのルーツ音楽に改めて向き合った作品でした。『folklore』に対するあなたの評価、そして、自身のこの新作との関係や位置付けをあなたなりにしてみてください。

K:まだ少ししか聴いてないの。もっとちゃんと聴かなきゃって思ってる。アーロンを始め、自分が大好きな友人たちのサウンドが聴こえてくるっていいわよね。ただ、私のアルバムと比べると、音楽の内容は似ているけど、全然違うとも思う。まず、プレッシャーが違ったでしょうね。彼女は誰もが知る大スターだし、アルバム制作のプロセスはもっと注意が払われ、かなりの人数の人たちが関わっていたはず。マネージメントとか、弁護士とかね(笑)。でも私の場合は、さあ部屋に入って作ってみようかっていう流れで出来た(笑)。もう一つの違いは、私のアルバムはロックダウンの前に作られたけど、彼女のアルバムはその最中に作られたということ。それによって、それぞれの作品がもたらすものが異なるってことはあるかもしれないわね。

――あなたの今作でのヴォーカルは、これまでの作品になくエレガントで優美なニュアンスです。けれど、それは女性らしさを伝えるものではなく、むしろジェンダーレスに開かれた意識を伝えるもののように感じます。少しタイプは違いますが、ニーナ・シモン、ローラ・ニーロ、kdラング、チューン・ヤーズ、セイント・ヴィンセントといったヒューマンな魅力を持った女性たちの系譜に連なるような……。あなた自身、ヴォーカリストとしての自分の成長、変化をどのようにみていますか?

K:人間の声って本当に不思議。自分の変化と共に進化していくんだから。私自身も変化したし、それに合わせて声も変わった。あと、年月もあると思う。声を使えば使うほど、声は変化していくの。最初のアルバムをレコーディングした時の私の声って、まさに小さなティーンって感じがするし(笑)。もうひとつ、音的にももちろん変わるし、話す内容という意味での声も変わってくるわよね。ヴォーカリストとして、これからも色々なテクニックを勉強して、吸収して、進化していきたいと思ってる。私はこれまでに一度もレッスンを受けたことがなくて、なんのメソッドもしらないから尚更そう思うわ(笑)。今回のアルバムでは、よりエクスペリメンタルなヴォーカルを試してみたかった。それが上手くいったか、出来たかどうかはわからないけど、とりあえず挑戦はしたわ(笑)。自分の声の様々な側面を使ってみたかったの。

――ところで、あなたのユニット名=This Is The Kitの「Kit」は、その都度その都度で対象が変化する面白さがあると思います。道具にもなるし武器にもなるし、装備、服装にもなりえます。今現在、この新作を目の前にして、自分で「Kit」を何として置き換えますか?

K:ええ、あなたが言う通り、「Kit」の意味は常に変化していると思う。その中でも変わらないのは、まず、「Kit」というのは私のニックネームの一つなの。家族からはキットって呼ばれてる。あと、”自分に必要なもの”っていうアイディアが好きなの。何かをするために必要なもの。例えば”トラベル・キット”とか。もう一つは、私は歌詞も書くわけだけど、言葉遊びとか言葉の”音”が好きなのよね。だから単に、”This Is The Kit”っていうサウンドが好きなの。私にとってはこれは文ではなく、一つの単語みたいなもの。その全体のサウンドが気に入ってる。でも残念ながら、フランス人にとってはすごく発音しにくい単語の組み合わせみたいよ(笑)。私は今、パリに住んでるのにね(笑)。

<了>


i, i

This Is The Kit

Off Off On

LABEL : Rough Trade / Beatink
RELEASE DATE : 2020.10.23


購入はこちら
Tower Records / HMV / Amazon / iTunes

Text By Shino Okamura

Photo By Phillipe Lebruman

1 2 3 23