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「ミュージカル映画から逸脱しつつも、その枠組みにフィットするような作品でもありたかった」
映画『アネット』に描かれるスパークスの“逸脱と継承の美学”

01 April 2022 | By Shino Okamura

レオス・カラックス監督の最新作『アネット』は実に奇妙でロマンティックな映画だ。ちょうど日本公開されたばかりなのでぜひ劇場で体験していただきたく、ここでの詳細は慎むが、とにもかくにも、ユーモラスでストレンジなのに美しく哀しい、こんなミュージカル映画は他に観たことがない、とだけ最初に記しておきたいと思う。そしてそれは、カラックスがいみじくも特有の美意識を持った監督であることを証明すると同時に、原案を考えたスパークスの2人のあまりにも純潔な哲学を見事に浮き彫りにすることに他ならない。いや、表情が乏しくなりがちな現代社会において、伝統継承と構造破壊を飄々と重ねていきながらポップスのフレームワークを上書きしてきたスパークスの美学が生き生きと映像の中に落とし込まれたのは当然と言えば当然だろう。彼らが考案した音楽劇を奇才・カラックスの手によって、そしてアダム・ドライバー、マリオン・コティヤールらが演じることによってミュージカル映画となった『アネット』。ロン・メイルとラッセル・メイルの2人にこの作品についてリモートで話を訊いたのでお届けする。
(インタビュー・文/岡村詩野 通訳/丸山京子)

Interview with Ron Mael, Russell Mael

──そもそもどのような経緯で制作されることになったのでしょうか?

Ron Mael(以下、Ron):9年くらい前……その頃には既に『アネット』のアイデアはあったんだ。長編のストーリーでね。でも、まだそれをどういう形にするかは決めかねていた。その後、8年ほど前なんだけど、カンヌ映画祭に参加したんだ。その時は、『Seduction Of Ingmar Bergman』(スウェーデンの映画監督イングマール・ベルイマンを題材にした作品で、スウェーデンの国営放送からラジオ用のミュージカルとして制作依頼されたスパークスの2009年のアルバム)……結果的に映画化には至らなかったんだけど、あのアルバムが何か形になるきっかけを見つけられるといいな…と思ってね。そこでレオス・カラックス監督に会ったんだ。もちろん彼の作品は観ていたし大好きだったけど会ったことはなくて。その時は短い会話を交わした程度だった。でも、レオスが『ホリー・モーターズ(Holy Motors)』(2012年)で僕らの曲(「How Are You Getting Home ?」)を使ってくれていたからそのお礼も言えたし、なんとなくいい感じで話ができたので、次に繋がる何かになればな……って感じで、LAに戻ってから、彼に『アネット』のアイデアを軽く送ってみたんだ。感想でももらえたらいいな、くらいの軽い気持ちでね。すると、レオスは「すごく面白い、興味深いね。監督してみたい……かもしれない(笑)。考えさせてくれないか」って返事をくれて。結局一緒にやることになったんだけど、そこから8年間だよ、互いにこの『アネット』に集中して作業を重ねて、やっと出来上がったって感じなんだ。

──レオス・カラックス監督からのアドバイスやアイデアも加わったのですか?

Ron:基本的には僕らが考えた原案を生かす形だった。もちろん、レオスからも意見は出たよ。でも、「もっとこういう曲が欲しい」とか「ここはこうした方がいいんじゃないか?」みたいな細かいところ。そういうところも含めて時間をかけて一緒にやれたのは本当に良かった。8年間くらいをかけて、クリエイティヴィティはもちろんだけど、財政的なことまで含めて『アネット』の作業をしっかりとすることができたのは大きな収穫だったよ。でも、実はその間も、スパークスとしてはフランツ・フェルディナンドとのFFSを含めて3枚ものアルバムを出している。全く止まることなくこれらのことをやれたのは自分でも誇らしいよ。

──カラックス監督のこれまでの作品や手法、方向性と共鳴できるポイントを、どういうところに感じていたのでしょうか?

Ron:彼の作品に共通しているのは一般的ではないことと、それまでにはなかったような作品作りに挑もうとする姿勢だよね。そこは僕らのこれまでの活動も同じだ。一つのカテゴリに収めることはできないってところも共通しているんじゃないかな。あとはヴィジュアル・センス。ものすごく強烈なのに美しい。加えて、音楽の使い所もうまいと思うんだ。『ポンヌフの恋人(Les Amants du Pont-Neuf)』でデヴィッド・ボウイの「Modern Love」が流れる場面は劇中最も大切なシーンだったし、『ホリー・モーターズ』でのバンドの場面で流れる曲もすごく効果的だった。ちょっとした短いシーンでそういう洒落たセンスが発揮されるんだから、それが映画全編音楽がメインだったら、2時間20分の『アネット』になったら……って想像しただけでエキサイティングだったね。

──ミュージカルはクラシックの歌劇やオペラを含めると、非常に歴史が長く深いアートであり、一定のスタイルを持つ文化財産でもあります。それまで誰もやっていないようなことに次々とトライし上書きしていくようなあなたがたやカラックス監督としては、過去の様々な作品への敬意を含め、そうしたミュージカルの歴史や伝統を継承していく側面はどの程度意識していたのでしょうか? 

Ron:すごくいい質問だ。というのも、僕らスパークスはこれまでずっと独自の世界(universe)を作ることを一つの目標のようにしてきたけど、一方で、その世界に耳を傾けてくれるような誰にでも聴いてもらえる作品にしたい気持ちもあった。『アネット』も同じで、誰もやっていないようなユニークなストーリー、他にはない展開のある作品にしたいと思って制作していたけど、いわゆるミュージカル映画としての枠組みの中にフィットするような、それを新しい角度から楽しむような作品でもありたいと思っていたんだ。つまり、これまでのスパークスのやってきたことと視座は同じなんだよね。だから、当然、ミュージカルの歴史や伝統を大事にしたところはあるよ。

──具体的に、ある側面でリファレンスとした作品はあるのですか?

Ron:逆に言えば、「こうはしたくない」というのはあったかな。ハリウッド産のミュージカルにももちろんすごく好きな作品がある。でも、朗々と歌いすぎてしまうような作品はちょっとなあ……って気持ちはあった。そういう意味では、ハリウッド制作のミュージカル的手法ではなく、例えばジャック・ドゥミ監督の『シェルブールの雨傘(Les Parapluies de Cherbourg)』とかは大好きだし参考にしたよ。

──本音を言うと、私はミュージカルは映画になっても決して得意ではないんです。それこそ『シェルブールの雨傘』や『ロシュフォールの恋人たち』は映像もカラフルだし今観ても楽しめますが、どうしても大仰な表現が苦手で……。でも、『アネット』はミュージカル映画の範疇でありながらも、ミュージカルの方法論を超えた映像作品であり、でも登場人物をしっかり動かしながら物語を作っていくという主軸はブレていないし、映像そのものに親しみも感じられる。結果として新しい領域を開拓した作品になりましたね。

Russell Mael(以下、Russell):そう言ってもらえるととても嬉しいな。僕もミュージカルが嫌いって意見はよく聞くんだ。気持ちはよくわかるよ(笑)。でも、『アネット』は過去のミュージカルの一般的なパターンに陥ることなく、伝統やある種のクリシェから外れていくことができた。さっきロンも話していたように、それってスパークスがやってきたことと同じ、というか一貫しているんだよね。ポップスというフレームワークの中にあるけど、そこからいかにユニークに逸脱していけるかを僕らはずっと追求してきたからね。

Ron:ただ、じゃあこの『アネット』がポップスというフレームワークみたいなものに、どこかにフィットするかと問われると、実はどこにもフィットするところがないんだよ。確かに親やすい何かはあるんだけど、だからって、過去に観たことがあるあの作品と似てるね! みたいなのはない。そういうところもスパークスと同じだと思うよ。

──『アネット』ではあなたがたの曲をアダム・ドライバーやマリオン・コティヤールら俳優たちが歌う。劇中、スパークスの過去の曲を役者たちが口ずさむ場面もありますよね。つまり、あなたがたの作品に対する相対的な批評性もそこに投影されているというのがとても興味深いです。

Ron:そうなんだ。つまり、レオスがそこに関わってくれたことによって、そしてアダム・ドライバーとマリオン・コティヤールたちが演じてくれたことによって、全く新しい何かがそこに誕生したということでもあるんじゃないかって思うんだよね。だって、これまではラッセルが歌っていた曲を素晴らしい役者たちが歌ったんだよ。しかも、よくあるタイプのミュージカル映画なんかじゃないのに、ちゃんと曲を理解してくれて歌ってくれた。確かに客観的な目線がそこにあったとも言えるね。

──特にコロナ禍以降、人々はマスクをつけて行動することとなり、表情がなかなか伝わらないし、読み取ることも難しい世の中です。そういう時代に、表情豊かなスパークスの存在がこうして新たに脚光を集め、“歌と表現”を考えさせられる『アネット』のような作品が多くの人に届くことには大きな意味があるように思います。

Ron:確かにそうだね。今はみな感情が抑制されていて、表情豊かに何かを表現することがためらわれる時代だ。オペラの表現やそのスケール感ってそういう意味では今むしろすごく求められているのかなという気がするね。尤も、『アネット』は以前からのアイデアだし、制作もコロナ関係なく進んでいたから偶然でしかないんだけど、結果的に時代が呼び寄せたのもあるかもしれない。それに、今は同じ場所にみなが集まって一つになったり、何かをその場で共有することもなかなか難しい時代だ。『アネット』を劇場で観てくれる人たちはそういう感覚を取り戻してくれるかなとも思っているよ。「こんなコロナの時期に公開になってしまってガッカリではないですか?」って質問をされることもあるんだけど、もちろん「良かった」ってことはないにせよ、逆にこういう状況で公開される、多くの人に観てもらうことから生まれる何かは間違いなくあると思うな。

Russell:実は僕らも2月に久しぶりに大きな会場(Walt Disney Concert Hall)でコンサートをやったんだ。コロナ以降初めてみんなで集まったからやっぱり胸にグッとくるものがあったよ。あと、カンヌ映画祭で『アネット』が上映されたというのも良かった。当時はたくさんの人がまだ劇場に行けないような状況だったけど、映画も音楽も多数の人たちと共有するべきものだってことに改めて気づかされたしね。

──エドガー・ライト監督によるドキュメンタリー『スパークス・ブラザーズ』も同時期に公開されました(日本では4月8日にロードショー公開)。現代人の表情が乏しくなってきている時代に、エクスプレッシヴな音楽を創作してきたあなたがたの活動やキャリアがこうして新たに注目を集めるようになったことはすごく示唆的です。今の時代に評価がさらに高まっていることについては、どのように感じていますか?

Ron:嬉しいことだよ。エドガー・ライト監督は何年か前からライヴをよく観に来てくれててね。ある時、「今こそもっとスパークスの音楽は聴かれるべきだ! 僕に作品を撮らせてくれ!」って熱くオファーされたんだ。まさにそういうことを感じてくれたのかもしれない。そこから3年、僕らがいく先々に彼はついてきたよ。メキシコシティーにもロンドンにも……日本も帯同してくれた。インタビュー時間は実に80時間にも及んだしね。スパークスの感性を守りながらも、彼の美学もしっかり作品の中に落としている。おまけに、今のスパークスがいいんだって、かつてのスパークス以上に今のバンドの良い状況をちゃんと理解してくれていた。過去のバンドを追悼するかのようにアーカイヴを掘りおこすのではなく、現代のバンドとしてスパークスを観てくれているんだよね。今まで、ドキュメント映画を作らないできてよかった、エドガーにこのタイミングで作ってもらえて本当に良かったと思っているよ。

──最後に。あなたがたの拠点であるLAには今また刺激的でユニーク、ハイブリッドな音楽家が多く活動しています。そうした若い世代のアーティストには関心がありますか?

Ron:もちろん。僕ももういいトシなので名前まではすぐに出てこないんだけど(苦笑)、ハイパーポップ系の音楽はとても好きだよ。いろんな音楽が自然とミックスされているよね。ある意味、洗練された音楽を好むようなリスナーには敬遠されるタイプの音楽だとは思うんだけど、僕はそういうところが逆にいいと思うんだ。

<了>

 

Text By Shino Okamura


『アネット』

2022年04月01日(金)ユーロスペースほか全国ロードショー

出演:アダム・ドライバー、マリオン・コティヤールほか
監督:レオス・カラックス
原案・音楽:スパークス
配給:ユーロスペース
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