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まだ名前の無い音楽を発信するレーベル《Soda Gong》

28 September 2022 | By hiwatt

《Soda Gong》というレーベルをご存知だろうか。ホームページツイッターには、“Soda Gong posits a sovereignty predicated upon egression, naivety, and fluid understandings of the sacred and the sublime”=「Soda Gongは、脱出、素朴、そして神聖と崇高の流動的な理解の主権を前提とする」という物々しいレーベルのスタンスが掲げられている。Bandcampのページを見て分かるのは、オハイオ州シンシナティを拠点としていることぐらいで、最初のリリースは2018年末とまだ新しい。

そんな謎多きレーベルだが、調べていくとレーベル設立時のファウンダーへのインタビューが見つかったので、基本的な情報はそちらを参考にする。

クラーク・クーリッジの詩のタイトルから引用されたという、そんなレーベルを主宰する彼の名はAlex Cobb。ドローン・ミュージックに造詣の深い方は、この名前に聞き覚えがあるかもしれない。彼は音楽家であると同時に、2005年に設立された《Students of Decay(SOD)》というもう一つのレーベルのファウンダーでもある。このレーベルはドローン、ノイズ、アンビエントなどのジャンルを主に取り扱っており、Taiga Remains名義を含むCobb自身のレコードや、Sarah Davachiの『All My Circles Run』『Barons Court』などの多数の作品をリリースしてきた。


個人的に《SOD》作品で印象的だったレコードは、《Soda Gong》の始動と同時期にリリースされた、Blue Chemiseの2018年作『Daughters Of Time』。「時の娘」というフレーズは欧米圏で使われる表現で「真理」を意味し、曲のタイトルにそれぞれ女性(少女)の名前がつけられており、ワウフラッターのかかったノスタルジックな音像から、その揺らぎが幼年期の不安定性と、人間の真理をダブルミーニングで描いているようにも思える。このような、ある種アグレッシブでコンセプチュアルな作品が、このタイミングで《SOD》からリリースされたことは、Cobbが今までになかった変化を求めていることを暗に示していたように感じる。


話を戻すが、Cobbはある種の倦怠の美学とも言える、ドローン・ミュージックの無表情で准学術的な側面に疲れ、「実験音楽」という大雑把にカテゴライズされた大系の中で、定型のテクニックやサウンドに、定型のアートワークやプレス・リリースが合わさるという一連の流れに飽き飽きしていたのだという。そんな時に、彼に子供が産まれたことが《Soda Gong》を始めたきっかけとなった。

《Soda Gong》の最初の作品はCobbのEtelin名義での『Hui Terra』だが、このレコードに収録されている「Little Rig」では、産まれたての彼の息子の声をサンプルで使用しており、作曲をしているうちに音楽家としての遊び心や初心を取り戻すことができたという。製作中は息子の声と、Nuno Canavarroの『Plux Quba』や、 マーカス・ポップ(Oval)とヤン・ヴェルナー(Mouse on Mars)によるミクロストリアの『Init Ding』をひたすら聴き続けたという本作は、サウンド、サンプル選び、エディットまで非常に意欲的である。


OPNに代表されるような80年代的なギラギラとしたデジタル・シンセサイザーを軸にしており、そのシンセ・サウンドは冷たくシルキー且つ高解像で酷く中毒的である。平たく言えばニューエイジとカテゴライズできるかもしれないが、一括りにそうとは言えない。

ミクロストリアからの影響があるとの証言通り、グリッチ文脈なエディットが印象的であり、80年代のサウンドと90年代当時最も前衛的だった手法をモダナイズしたものであった。

このレコードからも分かるように、《Soda Gong》はレフトフィールドの音楽を広いレンジで構えながら、現時点ではジャンル・クロスオーバーやポストジャンルとしかカテゴライズできないような、あらゆる地域の音楽家の風変わり且つエポックメイキングでウェルメイドな音楽を発信している。設立当初のインタビューでも、レーベルの方向性についてCobb本人によって同じように語られているので、今のところは計画通りということだ。

今年も現時点で3作品をリリースしているが、秀作揃いだ。いや、1つは傑作と言ってしまってもいいかもしれない。

ここで今一度、90年代にオヴァルやオウテカが確立させたジャンルにおける「グリッチ」について振り返りたい。カチカチ、ブツブツといったノイズ音や、FAXの受信音のような音だったりクリック音、サンプル等をブツ切りにして細かく連続したものを、効果的にトラックに挿しこ込んだり、ビートに置き換えた音楽である。いわばエラー音やノイズを音楽に落とし込んでいるため、しばしば「失敗の美学」を音楽で具現化したものと言われる。

焚き火からランダムな間隔で発せられる破裂音や、櫛を爪で擦ったり、ポッキーの箱を開封する時の短い音が細かく連続する時に感じる快楽。そういった音のフェチズムが「グリッチ」には詰め込まれているのだが、誕生から約30年ほど経ち、トラップという親戚のようなビートがポピュラリティを得て、DAWやプラグインの進化も相まり、再びグリッチが盛り上がりを見せている。

そんな中、私が《Soda Gong》を知ったのは、今年4月にこのレーベルからリリースされた、バンクーバーを拠点にするAlexi Barisの『Support Surface』がきっかけだ。彼の作り出すグリッチサウンドに、強い衝撃と新たな可能性を感じた傑作だ。


前作『Thema』では彼が自身のピークを探るような作品で、語り出したらキリがないほどにエディットの手法がコロコロと変わるような一作であり、3作目となる今作は、前作で見せた手数の多さを厳選/ブラッシュアップし、サウンドもミニマルな傾向となった。

手法の系統で言えばオヴァルの『94diskont.』と似たものを感じる。オヴァルがCDの盤面を傷つけたものを基に作り上げたようだと例えられるが、Barisはモーターの壊れたターンテーブルで再生したカビだらけの古いレコードを基にして作ったようだと言えようか。絶妙な塩梅のノイズと揺らぎによるカタルシスだけでも余りに良質で昇天気味なのだが、デジタルな手法なのに妙なレトロスペクティヴさを纏ったグリッチは発明とも言える。

《Soda Gong》の掲げた言葉を要約すると、「逃避的で、シンプルで、自然体で、スピリチュアル」な音楽を追求していると考えられるが、その全ての条件に見事に応えた作品であり、この制約があったからこその傑作が産まれたのだと思う。

後の2作品も非常に興味深く、6月にリリースされたフロリダを拠点とする、Eric Lenhamの『Object Dirt』は打って変わってオウテカ派であり、サイケでもアシッドでもなく「ストナー」という形容詩を冠したくなるような、陶酔感のあるアグレッシヴなグリッチを堪能させてくれる良作。


目下の最新作であるMark Gomesの『Alphane Moods』は、前述のBlue Chemiseの本名でのプロジェクトであり、アートワークのSF感と「アルファ星のムード」というタイトルも含めてコズミックな世界観の作品であり、どこかチープな音像は初代プレステのSFゲームのサントラという例えがしっくりくるような、Z世代のレトロスペクティヴを持った作品であった。


ここまで《Soda Gong》について述べてきたが、この手の音楽で最も有力なレーベルは、2010年頃からLAを拠点とする《Leaving Records》で異論は無いと思う。このレーベルもMatthew Davidという音楽家が主宰しており、音楽家ならではの独自の嗅覚で、地域を問わずカッティングエッジな音楽を発信するという、インディ・ミュージックのプラットフォームとしてパイオニア的な存在である。

このようなビジネスモデルのBandcamp以降のグローバルなインディ・レーベルは数多あるが、最近になって世代が一周した感覚がある。Huerco S.ことBrian Leedsによる、フィラデルフィアの《West Mineral LTD.》も、最初のリリースが2018年であり要注目な存在だ。今年8月にこのレーベルからリリースされたプエルトリコ出身の音楽家、Mister Water Wetの「Significant Soil」は、Alex Barisの作品との共通点が多く、個人的な感覚として今後の大きな気運を感じさせる作品であったが、そんな彼が今度は10月28日に《Soda Gong》から最新作『Top Natural Drum』をリリースするのだ。


現在グローバル・ヒットチャートをバッドバニーやロザリオが席巻しているが、ビヨンセの最新作のオープニング・トラックでも抜擢されたKelman Duranはコロンビア出身で、レゲトンとダーク・アンビエントの融合を試みているように、ラテン系の気鋭の音楽家が作るアンビエントやオルタナティヴなビートは未知の可能性を秘めている。Mister Water Wetの来たる新譜は、中米のアンダーグラウンド・シーンを語る上で重要になると感じている。

これらの「Bandcamp第二世代」とも言えるレーベル群は、作品を追うごとにより先鋭性を増しており、不定形な音楽ばかりで全く確証を持たせてくれないのだが、この流れはムーヴメントと化すと信じている。今一番面白い音楽は、自ずと誰かに届くに決まっているのだから。(hiwatt)

Text By hiwatt

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