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どんなジャンルにも前衛はある
山本精一『カフェ・ブレイン』から辿る脱構築の美学

16 July 2020 | By Shino Okamura

山本精一のニュー・アルバム『カフェ・ブレイン』が素晴らしくいい。ライヴ会場などで販売している自主制作アルバムはあったものの、ソロ名義での正規流通のリリース作品としては約4年ぶりとなる今作、2012年から2020年にかけて行われた彼自身のライヴで使用した音源やライヴ録音に、演奏や音を加えて全く新たな作品へと昇華させたアルバムだ。歌や言葉はない。だが、それ以上にこの作品は音楽へのあくなきトライアルの側面を物語る。音と音との間の空間を生かした現代音楽のような曲、機械制御されたようなビート音楽、不穏な空気を伝えるノイズ・アンビエントといったような曲……と書くのさえ野暮とも思えるほどに多元的。盟友の家口成樹がマスタリングなどで関わっている意外は山本が基本的に一人で制作、EP-4の佐藤薫のレーベル《φonon》からリリースされたこの『カフェ・ブレイン』という作品は、1曲の中にさえ多層な解釈と景色を感じ取って初めて、山本の脳内をそれでもほんの少しだけ垣間見ることができる宇宙のような1枚だ。

この春、山本精一はいつになく厳しい状況にあった。大阪はなんばのライヴ・ハウス《ベアーズ》の店長として、コロナ禍に店を存続させるべく東奔西走。無観客、無配信ライヴを行なったり、ユニークなアイデアに満ちた商品をドネーションとして販売もした。背に腹は変えられない局面。しかし、マヒトゥ・ザ・ピーポー(GEZAN)が音頭をとって制作、山本らによる想い出波止場2020、GEZANも参加した《ベアーズ》支援コンピレーション・アルバム『日本解放』には、渚にて、不失者、OOIOO、KK manga、MASONNA、パラダイス・ガラージ、オシリペンペンズ、ゑでぃまぁこん、YPY、青葉市子……《ベアーズ》所縁のそうそうたるラインナップがかけつけた。いかに山本と《ベアーズ》が多くのアーティストに愛されているかを改めて伝える1枚になっている。

関西に住んでいると、山本精一は頻繁にライヴを行なっているし、《ベアーズ》のみならず昨年秋に京都は木屋町にオープンした《ミングル》も切り盛りしているので、そうした現場で会うことも多い。山本精一がいる音楽生活的風景の豊かさに当たり前のように触れている今の自分はとても恵まれているとも言えるだろう。なお、山本は今年中にあと4、5枚の作品を発表する計画だそうで、その中には歌もののアルバムもあるという。また自身撮影した作品をまとめた写真集の発刊も予定。そんな山本精一の最新インタビューをお届けする。彼の怒涛の2020年はまだ始まったばかりだ。
(インタビュー・文/岡村詩野)

Interview with Seiichi Yamamoto

——まず、《ベアーズ》存続についてのお話から聞かせてください。ドネーションなどでなんとか継続していけるようになったそうですね。

山本精一(以下、Y):まあ、俺よりスタッフやね、頑張ってくれたのは。俺は最初の頃はもっとのんびりしてた。「こんなん大丈夫や、1、2ヶ月で終息するんやないか?」って。でも、スタッフの方が危機感持ってた。「いや、当分無理ですよこれ」って。そしたら実際、3月のブッキングが軒並みダメになった。いっせいにキャンセルになった。これは異常だってことでやっと俺も気づいた。これはヘタしたら潰れるなと。やっぱり家賃が大変だからスタッフも他にバイトに出たりして……。だから、あんまりやりたくなかったんだけど、ドネーションをやろうってことになった。でも、やるにしてもウチならではのアイデアがないかなってことになって、お守り……護符ね、あれを手書きで作って、それを販売することにしたんです。あと、3月5日に俺がベアーズでやった無観客、無配信ライヴの後売りチケットも売ろうと。あの後売りチケットのアイデアは、谷ぐち順くん(《Less Than TV》)が言い出したことでね。後売り券がほしいって。そしたら結構これ買ってくれましたね。あと、永久(フリー)パス。この3つで相当助かった。めちゃくちゃ嬉しかったですね。

ベアーズ ドネーショングッズ販売(永久パスの販売は終了)
http://namba-bears.main.jp/donation.html

――無観客、無配信のソロ・ライヴ、あれは衝撃的でした。コロナ観戦で自粛し始めた3月上旬、まだ誰もやってなかった頃に無観客ライヴ。でも配信しないという。

Y:まあ、(やったのは)早かったよね。でも、鳴らしてないかもしれないよね(笑)。誰も知らないよね、本当のところは。

――ライヴをしたのはしたんですよね。

Y:さあなあ、それはノーコメント(笑)。要するに、40億人いれば、40億種類の考え方がある。無観客無配信で何をやってるんやろうな、どんなことしてるんやろうなって、一人一人が違うことを想像する。一人一人が違うライヴを観られる。想像した人が自分でそのライヴを作る。だから、俺じゃない、想像したその人が主役ですよ。俺っていう存在はもう消えてしまう。そこからは一人一人の中で概念が増殖していく。オーディエンスの側に瞬間にバトンタッチされていく。反転するんですね。これ、聴き手と演奏者の垣根がなくなるという現代音楽の考え方のひとつなんですよ。だから、あの無観客無配信ライヴをやった時、現代アート関係の人がすごく反応してくれたらしい。

――「表現」ですね。

Y:そう、表現。あんなことができるのも《ベアーズ》だから。《ベアーズ》でしかできない。まあ、もともと《ベアーズ》ってこの類のイベントよくやってるんで、通常営業といえば通常営業。何も告知しないこともあった。何があるかわからない、何もないかもしれない、誰が出るかもわからない、でもお客さんは来る。土日にかけてやったこともあったな……でも超満員でしたよ。想い出波止場でもよくやってた、こういうこと。要はいつも通り。でも、みんな驚くんですね。いかに俺らが普通にやってることが特殊なのかわかった(笑)。ただ、こういうことをやると、想像力の可能性が無限に広がることがわかる。ある意味、究極のグローバルやね。グローバルは嫌いですけど。

――あとはドネーション・オムニバス『日本解放』。あれはそもそも内容が素晴らしいです。

Y:あれはねえ。本当に内容がすごい。そもそも《ベアーズ》ってオルタナティヴな店やしね。ここしか出ない……というか、出られない、表現上の問題でね。そういう人って多いと思う。でも、だから続けてこられたんやね。オムニバスは「GEZAN」のおかげであれだけのメンツが集まった。あれほんとにすごい。なかなかコンピにあれだけのメンツは集まらない。マヒトやメンバーの行動力はすごい、すさまじい、早い。しかも、リリースされてから、新宿とかのレコード屋さんとかにもCD持って回ってくれたり。すごい機動力とバイタリティですよ。ただね、あのオムニバスを作った時もそうだし今もそうだけど、コロナの終息のメドがたってない。例えば6ヶ月後にとりあえず終息しますってわかってたら計画もたてられる。でも、今はまだブッキングもできない。なかなかアーティストがやってくれないですよ。30人限定とかって明確にしないと怖くてこれない人もいる。そこが本当に困難ですね。

――では、今後の《ベアーズ》の展開はどんな感じですか? 何かアイデアはありますか?

Y:ない!(キッパリ) まだ全然浮かばへんもん。ただ、不幸中の幸いというか、サイトでグッズを販売したりはできるし、買ってくれる人がいる。だから、護符のようなウチならではのグッズをこれからも作ろうとは思ってる。それはずっと続けていこうと思ってます。

――ただ、精一さん自身、今はライヴもほとんどできなくて厳しい状況にありますよね。

Y:そう。だから俺自身も今通販でCDRとかグッズとか売ってる。こういうのは本来は向いてないなあと思いますけど。しょうがないというか。俺、配信も本当に苦手なんですよね。

――では、作り手として、演奏者として、このコロナ禍で何か変化した部分はありましたか?

Y:どうやろうなあ……基本的に俺の作品は体内……脳内ミュージックやしね、本質的なところは全く変わらないですね。こういう時期って、結局外部からの刺激が……ってことじゃないですか。でも、俺の場合、外部からの刺激に左右されない。表現そのものには左右されないんですね。このあと何か(影響が)出てくるかもしれないけど、今は特に変わらないかな。灰野敬二さんがコロナの前と後とで表現に変化がないアーティストは信用できないって言っているのを聞いて、さすがやな……って思ったけどね。ただ、一つだけ変化があるとしたら、歌ものをやる気がしなくなったってこと。実際、もう半年くらい歌ってないんとちゃうかな。それがどういう理由かは……まあ、やっぱりエモーショナルな部分が出てくるのが歌やからかな……。

――歌ものは言葉があるからどうしても揺さぶられる。

Y:そうやね。究極になってきたら音楽なんて要らなくなる。自分は。音楽で勇気を、みたいなことを言う人いるけど、それはまだ精神に余裕がある。本当に悲しかったりキツかったりしたら(耳や体に)入らない。敢えて聴けるとしたら、まさに自然音とかパルスとかノイズ。非常に乾いた、人間性が感じられない機械音とかミニマル……一定の音を繰り返す感じとかね。夜寝られへん時とか……何か聴こうかって思ってもボサ・ノヴァとかでさえもなんか違うなってなる。強いていえば、サッカーの試合の中継の音ね。常にワー!って鳴ってるあの感じとかね。あと、テレビの砂嵐とかもね。ああいうのを爆音じゃなくて小さな音で聴くと寝られる。安らぎになる。自分的にはね。まあ、何があっても日常的にノイズを聴いてる人って美川くん(非常階段/インキャパシタンツのT.美川)くらいかもしれへんけどね(笑)。とにかく歌ものは本当に今は聴かないしやる気もしない。何歌ったらいいかわからへんもんね。「コロナの唄」とか歌ってもダサいしね(笑)。俺はちょっと恥ずかしくてできないですね。

――そういう意味では、ライヴで使用した音源を元にした歌のない『カフェ・ブレイン』というアルバムがこのタイミングでリリースされたのは象徴的ですね。

Y:そうやね、シンクロしてる。そもそもこれは家口(成樹)君が「やりましょう」みたいに声をかけてくれて。家口君はコーディネートっていうか、マスタリングもやってくれてメッチャ関わってくれました。最初は完全に新しい音源を録音するって言ってたんですよ。でも、うまくいかなかった。ずっと録ってたんやけど、スタジオでうまいこといかなくて全然納得いくものができなかったんやね。そうこうしているうちに、過去のまだ出してない音源を聴いてたら、結構イケるなっていうのがあってね。じゃあ、それをもとに新しく音を追加したのにしようかってことになった。しかも、リズムが結構面白いものが多くてね。意外といいものになりそうってことで方向性が決まったって感じですね。


――最初はどういう作品をイメージして制作していたんですか。

Y:まあ、(『カフェ・ブレイン』のような)この感じをイメージしてたんやけどね。インストで。でも、なかなか納得できなくて、それで過去の音源を試しにいじってみたら逆に面白くなって。3、4、5曲目(「In ◯」「up-age #1」「up-age #2」)あたりは全編に渡ってその最初の頃に試した音が散りばめられてるね。

――リズムのパターンもそうですが、全体的に曲ごとの差異がハッキリしていますよね。ヴァリエイションがある。にも関わらず寡黙で洒脱なグルーヴとトーンで統一されている。ちょっと『Crown of Fuzzy Groove』(2002年)を思い出したりもしました。

Y:ずっとアンビエントばかりとかやったらしんどいしね。そこはポップな感じを少し意識してる。『カフェ・ブレイン』というタイトルにもそのポップな感じが出てると思うしね。俺、やっぱりどうしてもそうなっちゃう。純粋なアヴァンギャルドみたいなのは自分的にはできない。ポップ性……としか言いようがないんだけど、それがあるのとないのとでは違うって気がしてる。ノイズでもポップ性のある人とない人いるもんね。それは通俗性とかとは違うものだけど。EYEなんかは、まあ、ノイズの範疇に分類されるかもしれないけど、非常に「ポップ」でしょ。マゾンナもそうやし、インキャパシタンツもそうやね。俺の場合もおのずとこういう意味合いの「ポップ」にどうしても振れていってしまう。そういう体質なんやね。ある種有機的な感じ。無機質な音も大好きなんやけどね。無機質なものの中に有機的なものがあるというような。

――精一さんの曲のポップさを司る要素としてコードも重要ですね。

Y:そうやね。今回は特にコードはちゃんとあるかな。不協もあるけど……ほんの少しね。あんまり不協和音みたいなのはないかな。割とちゃんとした和音を使ってる。メジャーなAとかを普通に使ってる。ただね、もうありとあらゆるものから逃れることはできないですよ。音楽の場合。ほとんどやり尽くされてるからね。誰かがもうやってしまってることが多い。特に生楽器で新しいことって……本当に難しい。例えばギターによる即興の場合は、相当前にデレク・ベイリーが一つ頂点を極めてしまってる。ギター即興演奏の前衛は、60年代で極限に近いところまで行ってしまったからね。ただその後もいろんなギタリストが少しづつ可能性を広げては来ていて、俺も何かないかな? と思って色々やってるわけですけどね。新しい調整を考えたり、音質、音響を大きく変化させたり。

――そうなると、楽器から開発しないといけない。

Y:そういうこともひとつのきっかけにはなるかも。新しいフォーマットを作れば新しいことが可能になるよね。楽器=装置やね。そうなると、音だけじゃなく構造……新しい理論においても同じやね。まだ装置の方は新しいものができる可能性あるけど、新しい理論の発見は……相当難しいんとちゃうかな。でも、なんとかやってみたい。もちろん。俺、コンセプトとか嫌いってよく言うてるけど、それはもう大コンセプトやね。新しいセオリーとか数式みたいなのが今後もしも出たら面白いよね。でっかい宇宙、世界、ジャンルが一つできるわけやもんね。ただね、こういうことをいつも考えてるわけじゃない。音楽を作る時とかはそういうことは考えないかな。新しいセオリーを考えるっていうのはもっとゲーム感覚で考えるもんでね。それと音楽を作るのは全く別物かな。両立する時もあるし、偶然できる時もあるけどね。無配信、無観客のあの時なんかはまさにそうやったかもしれへん。単なるひらめき。後から理論づけできることはできるけどね、たいてい新しいことって偶然発見して、後から理論になるから。でも、自分の音楽の場合は先に新しいことを目指して計算して……では絶対に無理。遊びやね最初は。遊戯。それがモティヴェーション。真面目なだけではない、その感覚がないとね、どっかにね。

――精一さんはどっちもある。

Y:どっちもあるよね。真面目やし遊びもある。極端。真ん中がない。真ん中が全く欠落してる(笑)。めっちゃくちゃ聴いたことないような音楽とか音とかがあるといいよね。いつもそればかり考えてる。なんでかって、結局自分がそれを聴きたいから。いろんなものを聴いてきてて、飽和点に達してるんだけど、何か新しいことがないかな? 新しい音がないかな? いつもそういう気持ちでいる。そういう気持ちでいろんな音楽を聴いてるんやけどね。でも、聴いたことないような音楽ってなかなかないよね。

――その新しさって形式とかスタイルではないですよね。アヴァンギャルドであればいいというものでもない。ポップなものでも新しいものはある。

Y:そう。アヴァンギャルドってもちろん新しい可能性、裾野が広がっていく感じがあるし、全部が全部そうではないけど、コンセプトが先に来すぎるのはいや。様式としてのアヴァンギャルドにとどまってるというか。現代アートもそういう作品はあまり好きじゃないしね。むしろ、アイドル・ソングとかゲームの音楽とかにものすごく新しいものがあって発見する時あるしね。だからね、どのジャンルにも前衛があるはずなんやね。通俗的と言われてるような音楽でも、イントロでハッとさせられたりね。部分的に。それも前衛。ただ、発見されてないだけ。今回のアルバムには、そういう感覚……エッセンスを入れてる。俺なりに。そういうものがあってもええんちゃうかな。

――既に発見されてる音楽、作品の、さらにその曲ごとの中にも、まだ発見されてない部分がある。

Y:あります。脱構築。なつかしいですね。もう一回聴いてみたら、こんな違った聴き方があった、と発見するようなね。そこにパラレルワールドのように、別の世界が存在していたりする。想い出波止場なんかそれの最たるもんで。表面的にはめちゃくちゃヘンなこと、割とコミカルなことをやってるんだけど、何回も聴き直すと、そうじゃない部分があらわれるような。一つの形式があったとして、それではない何かがまた別に感じられるような、そういう音楽が好きなんですよね。

――例えば、アルバムに収録されている「object C」は、パッと聴いただけではCANのようなクラウト・ロックですよね。でも、別の世界があの曲には多面的にある。

Y:そう。いろんな聴き方ができると思いますよ。聴いて「CANやないか」って思う人もいるかもしれないけど、あんまりCANを意識してない、あれを作った時は。ただ、構成はすごく考えたね。

――「object C」や「Hazara」などは長尺の中に、多くのパートが構成されています。

Y:そうやね。もう構成はスポンティニアスに決めていく。構成を展開させる時、変える時は……もう、ここしかない、というポイントがあるんですよ。これは集団で即興する時にもある感覚なんですけど、あるんですよね、ここで変える、というポイントが。この展開できたら、ここしかないやろ、みたいなね。でも、いきなりじゃなくて緩やかに変化してる。これはもうある程度は経験則かな。

――今回のアルバムは特に展開がスムーズですよね。変化してても気づかないくらいにすごく滑らかだったりする。

Y:そう、だからちょっと聴いた感じだとBGMみたいにも聞こえる。後ろで鳴ってても気にならない感じ。自然音に近い感じ。生き物みたいな感じ。そういう意味でも有機的な感じやね。寝る時に聴いたら気持ちいい、寝られると思いますよ(笑)。

――紆余曲折を経て最終的に出来上がったものが、そうして催眠効果さえある、BGM的にもなりうるような作品になった。

Y:そうやね。記号。まあ、タイトルなんかまさに記号やもんね俺。なーんも考えてない。意味ない。後からつけてるだけ。ただ、「up-age」って曲、アッパージュと読むんやけど、あれは音楽的な意味があって。俺なんか、即興を何人かでやっていると、勘所が全員わかる、全員が一つになっていくような瞬間があるんです。その感覚が作曲的即興、即興的作曲というかね。アッパージュってそういう感じだと思うんですね。

――レコーディングで使用する音もそのように即興で見つけるのですか。

Y:そう、壁叩いたり、膝叩いたりしてね。1曲目の「SKIP #2」のリズムはドラムマシンを手で叩いてる。猛烈に原始的なやり方。でもあの微妙な感じは打ち込みじゃできないし、実際にあれはもう二度とできない。自分でももうできない。休符がへんなところに入ってて、蹴つまずいたような感じになってて、そこにギターが絡んでいく。あれ、ライヴでやってもほとんど成功しない。体が自然とついていかないことにはできない。ある意味「業」やね。でも、なかなか体がついていけない。

――練習の繰り返しでできるものでもない。

Y:練習……はやらないとダメ。でも、この曲だと直前に練習しておかないとどうにもならない。うまいこと絡まれへん。だから、ライヴでもたぶんやるやろうけど1曲目にやるしかないかも。他の曲やってからではもうついていけない。普通のビートが体に入ってしまってからではもう無理。キレがないとね。キレがグルーヴを生み出すわけやから。

――そうやって一度体で覚えた感触は忘れないものですか?

Y:曲作ってたりしてて、後から、この音どうやって出したっけ? みたいなのは本当に覚えてない。忘れる。試行錯誤して実験しながら音を出して作ってるわけだから、プロセスは本当に覚えてない。自分の曲さえ覚えてないもん。前にラジオか何かを聴いてて「あ、ええ曲やな」って思ったら、それ俺の曲やったってことがある(笑)。極端に言えばそのくらい忘れてる。歌ものは別やけどね、でも、こういうインストの曲は自分の手を離れたらもう忘れる。自分で客観的に評価できるって意味ではいいことかもしれへんけどね。

――つまり「自分の曲」という自覚があまりない。

Y:ない。リスナーとして自分の曲を聴いて「いいな」と思っても、それが自分の曲という持ち物としての感覚はないな。時間経って忘れてしまって、「ああいいな」って思うことはあってもね。だって、家でも自分の作品なんて聴かないしね。出来上がるまでにアホみたいに聴いてるから、もういいやってなっちゃう。

――じゃあ、本当にいい曲ができたという手応えは、もしかすると、忘れてしまってからじゃないとわからない。

Y:そう。今回のアルバムも15年くらい経って、どこからか聴こえてきた時に、「あ、いいな」って思ったら、いいアルバムなんじゃないかな(笑)。


<了>


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山本精一

カフェ・ブレイン

LABEL : φonon
RELEASE DATE : 2020.07.16


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Tower Records / HMV / Amazon /


『CAFÉ BRAIN 山本精一 NEW ALBUM リリース記念 LIVE』

京都◼️2020年7月19日(日) 木屋町UrBANGUILD/アバンギルド

19:00開場 20:00開演
VJ: 井上理緒奈 Sound Operator: 井上潤一
※新型コロナウイルス感染予防対策により座席数が制限され、前売と当日売を合わせて30名様限定
http://urbanguild.net

東京◼️2020年07月25日(土) 東京 S/U/P/E/R DOMMUNE

19:00〜24:00
山本精一 有観客有配信ディナーショー
出演:山本精一
ゲスト:大友良英、一楽儀光(ドラびでお)
トーク聞き手:宇川直宏(DOMMUNE)、佐藤薫(φonon)司会:伊東篤宏
https://www.dommune.com/


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対談:川本真琴 × 山本精一
「いろいろな曲がたくさん聴ける雑誌のようなアルバムにしたかった」

http://turntokyo.com/features/kawamotomakoto-yamamotoseiichi/

Text By Shino Okamura

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