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”2021年のけものたちへ”
ROTH BART BARON『けものたちの名前』
Tour final(めぐろパーシモン大ホール)ライヴ・レポート

07 January 2021 | By Nami Igusa

2020年の暮れ。この1年で世相は大きく変わったが、その一方で、本来訪れるべきであった瞬間が訪れず、止まったままになった時計がこの世界のそこかしこに点在している。行われるはずだったセレモニーやイベント、そしてライブやコンサート。それらの一時的な代用品か、あるいはこれから恒常的に取って代わられるのか見通しは不鮮明だが、ネット上でのヴァーチャルな人と人との交流も体になじみすっかり日常と化した12月の末に、筆者はめぐろパーシモンホールへと足を運んだ。本来は5月に行われる予定だった、ROTH BART BARON4枚目のアルバム『けものたちの名前』(2019年)のツアーファイナルを見届けるためだ(注:筆者が観たのは1日目、12/26公演)。

そもそも彼らにとってこの『けものたちの名前』というアルバムは直近作ではなく、2020年には新たなアルバム『極彩色の祝祭』をリリース済み。そのリリースツアーもすでに行っているという状況の中で、長らくペンディングとなっていた、前作『けものたちの名前』を携えた旅が、ここで完結するのである。

予想よりも大きく、そして天井の高いホールだ。普段のライブハウスでの音響とは少し異なり、観客の立てる物音さえもふわりと拡散して、上から横から反響して耳に届くのを開演前から感じる。感染症対策のため、1日限りの予定だった公演は2日間となり、各回定員は半分に減らされているのだが、ホール全体を見回すと会場の座席の埋まり具合はちょうど半分とは行かず、ちらほらと歯抜けになっている箇所も見受けられた。当初予定では完売していた席種もあったが、振替公演である上、外出が困難な事情を抱える人もいる状況で、当然やむなく来られなかった観客も多かったことだろう。が、すでにチケットを購入済みの人はライブ配信を見ることができるというバンド側の計らいによって、決して少なくない無念が救われたのではないかと、ライブが始まる前から温かな気持ちにさせられていた。

電灯が落ち、ステージ後方のスクリーンにシネカリグラフィーによるアニメーションが映し出され、おもむろに公演が始まった。三船雅也を含むメンバーが数人のみステージ上に現れ、穏やかなピアノのフレーズ、エレドラムのキックの音とともに、アルバムの1曲目「けもののなまえ」のイントロが浮かび上がる。ドラムを叩いているのは、中原鉄也だ。本公演以外の『けものたちの名前』リリースツアーを終えた後、バンドを脱退した中原。とはいえ、このライブは『けものたちの名前』にとって取り残されていた、最後の公演だ。加えて、中学の同級生であった三船と中原が当時合唱祭で立ったというこのめぐろパーシモンホールに、2人で再び戻ってくるという、彼らの約束の公演でもあった。中原がROTH BART BARONでドラムを叩いている──その光景に、旅の途中でピタリと止まったままになっていた『けものたちの名前』という時計の針が、目の前でまた時を刻み始めたのを感じた。けれどもまた、その間にバンドに起こった出来事、そして世界に起こった出来事のことも同時に思い出され、あれからこんなにも月日が経過していたんだという実感を一層強くさせられもしたのであった。

温かに聴き手に寄り添うような「けもののなまえ」が終わると、ホーンやシンセ、コーラスを担当するサポートメンバー4名、直近のライブでサポートをしているドラムの工藤明(よって、本公演はツインドラム体制だ)、そしてサポート・ギターの岡田拓郎が姿を現し、アルバムの曲順通り、「Skiffle Song」へ。原曲以上に前半部は抑え気味のささやかな演奏だが、後半に突入するトランペットのフレーズとともに一気に音量と音数が爆発。いや、なんというダイナミズム、スケール感。もともと、大量の楽器とコーラスを駆使したスケールの大きなライブが持ち味のROTH BART BARONゆえ、ホールとの相性がいいことは初めから分かっていたことではあったが、想像以上に大きなハコに映えるサウンドだ。

というか、彼らは、大きな空間が担保されることによって、その真の姿、潜在的にもっていた本来のサウンドのスケール感があらわになるバンドなのかもしれない。高さのあるホールゆえ、音と音同士が共存する余白が残されているから、ライブハウスで聴くよりも音同士がぶつかり合わず、綺麗に抜けて舞い上がる。狭い空間から解き放たれたように、楽器の音ひとつひとつが色と煌めきを増し、生き生きとしていた。普段は折り畳んでいたサウンドのひだをこれでもかと目一杯大きく伸ばして、どこまでも音が広がっていく。そのあまりの鮮やかさ、視界の開けように、あっという間に心が高揚した。

5曲目「Innocence」からは、チェロの徳澤青弦を中心とした弦楽四重奏も加え、総勢13名によるアンサンブルに。ストリングスが入ることによって、楽曲の疾走感が格段に上がり、その壮麗さも最高潮に。とともに、ひしひしと感じていたのが、この公演の音の“馬鹿でかさ”である。耳触りがキツいということは勿論ないのだが、それでいて包み込まれる感じのソフトなサウンドというよりは、もっともっとエネルギッシュで爆発的なサウンドであったのが、とにかく不思議であったし、驚嘆させられたところだ。まるで、間欠泉のように一気に吹き上げ、轟音を上げながら落ちていく瀑布のように、なにか途轍もないエネルギーを上空から浴びせられるような感じ……とでも表現すれば良いだろうか。

勿論それは、大きな音を出しても音が潰れないような広い空間を使っているから、バンド史上最多人数の編成による演奏だから、という物理的な理由もあるのだろう。だが、それ以上に感じ取れたのが、メンバーたちの気迫である。生で奏でられる音楽を体感する機会が極端に減ったこと、密な環境において100%満足のいくライブを作ることがまだまだ厳しい状況であること、長い延期期間を経て(中止さえ危ぶまれた時期もあったことだろう)やっと念願であったこのホール公演にたどり着くことができた万感の想い……。この1年間、ミュージシャンとしてそれぞれの胸に降り積もっていたであろう、葛藤、無念、諦め、怒り、悲しみ、そのすべてを吹き飛ばそうとでもいうようなエネルギーと迫力が、この音の“馬鹿でかさ”を生み出しているように感じられた。そんな爆発的な序盤を締めくくったのは「春の嵐」。そう……嵐だ。その圧倒的なカタルシスに満ちたパワーは、嵐のように、我々の心の靄をもあっという間に吹き飛ばしてしまった。

MCらしきものも特に挟まないまま、ライブ中盤では一転、しっとりとした静かなバラードが続く。三船の美しいファルセットがホールいっぱいに広がるバックには、再びシネカリグラフィーの映像が。『けものたちの名前』のアートワークを担当した近藤一弥がこの映像演出を担当しているそうだが、よく見ると、「けもののなまえ」のMVとは異なり、楽曲のリリックとシンクロしたオリジナルの映像であることがわかる。太古の人類が壁画に描いたような、素朴で象形的な絵が浮かんでは消える。澄んだ歌声にまどろんでいると、なぜだか、自分はいつかどこかでそれを見たことがあるような、なんなら自分で描いたことさえあるような、そんな奇妙な錯覚を覚え始めていた。

これは私たちが、“けもの”にほんの少し近かった頃に大脳に刻まれた、人類の原体験の記憶なのだろうか?

いや、勿論、錯覚でしかないのだけれど、おのれの奥底に潜ませていた、しかしここしばらく忘れかけていたような、人間としての、何かプリミティヴなものをぐっと掴まれたような気がしたのだ。とりわけ、「場所たち」(アルバム未収録曲)で子どもの声と思しきクワイヤのループ、メンバーのコーラスに会場が満たされた瞬間は、筆者にとって最も涙腺のゆるんだ瞬間であったと思う。なぜだか、幼少期の記憶が頭を駆け巡っていた。

三船が観客に起立を促し、ダンサブルな「TAICO SONG」「JM」といった楽曲で、後半戦に突入。観客もおもむろに体を揺らし、足を踏み鳴らし始める。そう、たしかに、他人と同じ空間で体を揺らす経験なんてここ最近あまりなかったななどと思い出す。続く「ウォーデンクリフのささやき」ではゲストヴォーカル・優河が登場、清らかな歌声で包み込んで高ぶった場の空気をさっと変えていき、ファーストアルバムからの楽曲「氷河期#1」へと導く。どこかヒヤリとした印象もあったこうした初期の楽曲が、温かみを湛えていることが感動的でもあった。

ストリングスの入ったアレンジが、元の楽曲をよりエモーショナルにかき立てているのも事実だが、この公演のメンバーのコーラスのカラフルさもその大きな要因の一つであるように思う。前述の優河や、冒頭の「けもののなまえ」など要所要所で参加していたHANAのような女性ヴォーカリストたちもライブを彩り豊かなものにしていたが、さらに今回は、普段の男性陣サポートメンバーに加え、アルバムにも参加しているermhoiがシンセ / コーラスとして全編サポートに入っており、彼女のよく伸びる高音のヴォーカルが三船より高い音域を彩ることで、ライブ全体を通じた色彩感が強まっていたことも印象に残った。

最後は、古いおとぎ話でも始まるかのようなストリングスのフレーズが始まり、人間の進化や2匹の犬……のようなもの(公演パンフレットによれば、森で生きている「けもの」と「ヒトになったけもの」がもともと不可分であったことを表しているようだ)を表現したシネカリグラフィーのアニメーションがバックに流れ、本公演出演の総勢15名がステージに集結、ひとりひとりが自分の音をひたむきに奏で、ラストの「iki」を全員で紡いでいく。互いの音を重ね合い、響かせ合うこと……ライブなんだから当たり前だと思われていたそれは、この1年でいたく尊いものになっていた。いや、もともと、その行為はとても尊いものだったんだろう、私たちがそれを忘れていただけで。

録音作品としての『けものたちの名前』というアルバムは、デジタルサウンドもかなり前面に押し出された作品ではあるが、今回のライブではホールを意識してか、デジタルなSE等の使用は少なめで、あくまで演奏者の手によってその場で奏でられていることがはっきりと感じ取れる、手触り感のあるアレンジに仕上げられており、そのことも手伝ってか、生の音楽を“体感する”という側面を十二分に味わえた公演だったと思う。コーラスの熱量、楽器の音の広がり、椅子を揺らすほどのツインドラムの音圧……“体感としての音楽”にしかない情報の洪水を浴びせられることによって、私たちはやはりネットの中で生きているのではないのだ、ということを改めて思い知らされた。

内心「ライブなんて観に行かなくったって、意外と生きていけるな」なんて思いながらここ最近は過ごしていたけれど、自分の奥底に眠っていたプリミティヴな何かをこうして震わせることは、生き物としてエッセンシャルなことなのかもしれないと、やはり感じてしまったのだった。

正直に言うと、筆者自身、この『けものたちの名前』というアルバムを、リリース当初はもっと穿った視点で解釈していたように思う。人間の中の“けもの”性とは、顔も知らない他者をカジュアルに貶めることができてしまうような“ケダモノ”としての側面とも捉えられるのではないか、といった具合に。だが、今は少し見方が変わった。人間の中の“けもの”を解放してやることで、世界が鮮やかに見えてくることがあることも、この公演で知ったからだ。

そういえば、この公演でふと気づいたことがもう一つ。これまでどこか寓話的だと思っていた、彼らの楽曲で歌われているリリックが、妙に今のこの世界をピタリと言い表しているのだ。『けものたちの名前』の曲だけではない。過去の楽曲さえも、まるで予言であったかのように、これまで以上にすっと自然に頭に入ってきたのが不思議であった。

<今日こそが全てなんだ / この目に映る今しか / 僕らには残されてないんだ>(「Innocence」)
<こんな場所で生きてたくないし / こんな場所で死にたくもない>(「氷河期#2」)


──今この瞬間にかけながら生きている人から、“今”が奪われることがどれだけ重大なことか。そんな状態の世界の中で生きてたくないけど、でも、死にたくもない──

それは、今この時代があたかもSF映画のような世界だから沸き起こる感情なのかもしれないが、しかしながらこれこそが、紛れもない現実そのものなのである、悲しいことに。だから、今をできる限り目一杯に過ごして、この世界を生き延びていこう、彼らがこの夜奏でた生のエネルギーを浴びて思い出すことのできた、人間の中の“けもの”としての底力を忘れることなく。それしかないのだ。

「内へ閉じこもる世界へと帰りたくない、この時間が終わってしまってほしくない」と言わんばかりの観客の熱量にバンドが応えたアンコールでは、最新アルバム『極彩色の祝祭』から、「極彩|IGL(S)」「NEVER FORGET」を立て続けに演奏。

<君の物語を絶やすな / 叫び声を上げるのを止めるな>(「極彩|IGL(S)」)

その言葉は、今度は予言ではなく、まだ何もかもが不透明な、新しい年、新しい時代へと歩を進める、我々“けもの”へのメッセージだったのかもしれない。この、誰しもにとって特殊な年を通じて、根本から揺らがされたと思っていた人間の生の在りようは、だがやはり、こんなことで失われるわけでは決してない。そんな希望を、この年の暮れの一夜は、これから2021年を生きていくけものたちに、教えてくれたのであった。(井草七海)

 

【写真:Masaaki Mita】

 

 

– Set List –
1. けもののなまえ ・・・ 4th AL『けものたちの名前』
2. Skiffle Song ・・・ 4th AL『けものたちの名前』
3. 屋上と花束 ・・・ 4th AL『けものたちの名前』
4. MΣ ・・・ 4th AL『けものたちの名前』
5. Innocence ・・・ 3rd AL『HEX』
6. 春の嵐 ・・・ 4th AL『けものたちの名前』
7. bIg HOPe ・・・ 2nd AL『ATOM』
8. 焔 ・・・ 4th AL『けものたちの名前』
9. 天使の輪っか ・・・ EP『ROTH BART BARON』
10. Fireman ・・・ 未収録曲
11. ひかりの螺旋 ・・・ 5th AL『極彩色の祝祭』
12. 場所たち ・・・ 未収録曲
13. HAL ・・・ 3rd AL『HEX』
14. TAICO SONG ・・・ 4th AL『けものたちの名前』
15. JM ・・・ 3rd AL『HEX』
16. ウォーデンクリフのささやき ・・・ 4th AL『けものたちの名前』
17. 氷河期#1~The Ice Age~ ・・・ 1st AL『ロットバルトバロンの氷河期』
18. HERO ・・・ 4th AL『けものたちの名前』
19. 氷河期#2~Monster~ ・・・ 1st AL『ロットバルトバロンの氷河期』
20. iki ・・・ 4th AL『けものたちの名前』

encore
1. 極彩|IGL(S) ・・・ 5th AL『極彩色の祝祭』
2. NEVER FORGET ・・・ 5th AL『極彩色の祝祭』 ​​
3. JUMP ・・・ 3rd AL『HEX』
4. アルミニウム ・・・ EP『化け物山と合唱団』 12/27のみ

 

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Text By Nami Igusa


ROTH BART BARON『けものたちの名前』Tour final at めぐろパーシモン大ホール
(2020年12月26,27日)

出演

ROTH BART BARON
三船 雅也 (vo/gt)

西池 達也 (pf/key/ba)
岡田 拓郎 (gt)
竹内 悠馬 (tp/key/perc)
須賀 裕之 (tb/key/perc)
大田垣 正信 (tb/key/perc)
工藤 明 (dr/perc)

中原 鉄也 (dr)
ermhoi (vo/key)
HANA (vo)
優河 (vo)
梶谷 裕子 (1st vn)
吉田 篤貴 (2nd vn)
須原 杏 (va)
徳澤 青弦 (vc)

共同プロデュース:林口 砂里

映像演出:近藤 一弥 / 筒井 萌
映像オペレート:吉田 佳弘
舞台監督:高野 洋
制作:掛川 正義 / 堀内 求 / 広瀬 徹也 / 堀越 郁江音響デザイン:岡 直人
音響モニター:山下 大輔
録音・配信音響:前田 洋佑
照明デザイン:高田 政義
撮影:菱川 勢一
配信ディレクター:堤 健斗
配信:高村 啓史 / 野田 雅己
配信撮影:山﨑 宏夢 / 中野 克哉 / 須藤 翔
写真:三田 正明
衣装協力:suzuki takayuki
協力:平川 博康 / 岡竹 翔一 / 佐藤 雅和 / 尾形 和也 / 福田 允治
Team “PALACE” : 栗原 まゆみ / 伊與部 絢子 / 大塚 真子 / 宇野 麻美子 / 岸 三知夫 / 倉前 真由美 / 内田 美奈 / 石山 修二 / 穴瀬 康信 / 山本 和菜 / 鷲津 隼平 / 佐野 あかね / 高橋 祐子
ロビー展示:田中 夕也 / 新山 綾佳 / 竹本 克 / 伊與部 絢子 / 石崎 裕大 / 浜崎 香 / 小川 千晶

主催:ROTH BART BARON / Epiphany Works / novus axis​

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