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《Now Our Minds Are in LA #6》
Phoebe Bridgers『Punisher』
そっとたち現れる、あなたの/わたしの音楽

「ブレイク・ミルズ、ジョナサン・ウィルソン、フィービ・ブリッジャーズ(原文ママ:筆者注)、ぼくが名づけ親でもあるイナラ・ジョージなど、素晴らしい若い人たちも沢山いる」

これは、2017年10月にジャパン・ツアーのため来日していたジャクソン・ブラウンによる発言である。この後、奇しくもそこで名前を挙げられていたフィービー・ブリジャーズは自身のLAでのライブを観に来ていたジャクソン・ブラウンと知遇を得、彼をフィーチャリング・ボーカルに迎えながらマッカーシー・トレンチ「Christmas song」のカバー・バージョンを作り上げることになる。

彼女の弟がジャクソン・ブラウンにちなみ「ジャクソン・ブリジャーズ」と名付けられたというエピソードはあまりにも出来すぎているが、LAでその弟と一緒にニール・ヤング、ジョニ・ミッチェル、ハンク・ウィリアムズ、プリテンダーズなどたくさんのLP盤に囲まれた環境で育ち、その土地の磁場の中で自らの音楽をはぐくみ、ワールド・ワイドな成功のチャンスをつかんでいった彼女にとって、LAを代表するシンガー・ソング・ライターであるジャクソン・ブラウンという存在は少なからず意識にのぼるものとしてあったといえるだろう。例えば、それは彼女が昨年の初来日公演の際、ジャクソン・ブラウンのツアー・バンド・メンバーであるヴァル・マッカラム「Tokyo Girl」のカバーを演奏したこと、ジャクソン・ブラウンの音楽について自らをエンパワメントしてくれるものであると言及していることからもうかがい知れる。

ジャクソン・ブラウンは1974年に輝きと憂いを同居させたウェスト・コースト・サウンドの名作『Late For the Sky』を発表した。ルネ・マグリット「光の帝国」作品群にインスピレーションを得たという、晴れ渡った青空と暗闇が蔓延る街路のコントラストからなるアート・ワークは、同作が丁寧に描きだした希望と現実、生と死、幸運と悲哀の両極に揺れながら刻まれる青春の葛藤を象徴的に示していたとされる。

フィービー・ブリジャーズによる2作目のフル・アルバム『Punisher』もまさに上述した『Late For The Sky』のように、彼女自身の揺れる感情を丹念に記し続けようとした作品であるといってよいだろう。愛する相手への過剰なまでの思いやりそれ自体に依存してしまう自らの姿を歌った「Moon Song」と「Savior Complex」。自分で自分をどうすることもできなくなってしまった誰かに、少しでも何らかの手助けをしたいという思いを歌う「Graceland Too」。エリオット・スミスについて暗喩し、現在の彼女の境遇と彼の姿を重ね合わせながら、彼の熱心なファンだった彼女自身の姿をも振り返る「Punisher」。伸びやかな歌声を、ポップでノスタルジックな音色のホーン・セクションとシンセ・サウンドが支える「Kyoto」に至っては、自身の孤独や寄る辺のなさを感じながらもどこか別の場所にいる「あなた」のことを考えずにはいられない様子が描かれている。ここにあるのは、自分/他者とのコミュニケーションや距離について時にポジティブに、時にネガティブに考え続けようとする一人の人間の姿である。

さらに本作は、フィービー・ブリジャーズがこれまで作り上げてきたコミュニティのうえで成立した作品としてもある。例えば、前作を発表してから彼女は、ルーシー・ダカス、ジュリアン・ベイカーとバンド「ボーイジーニアス」を結成し、 コナー・オバーストとのユニット「ベター・オブリヴィオン・コミュニティ・センター」でも活動してきた。それらのバンド・メイトが本作に迎えられているのはもちろんのこと、プロデュースは前作同様トニー・バーグと、フィービー・ブリジャーズが参加した新作を本年発表したイーサン・グルスカが迎えられており、前述したブレイク・ミルズもレコーディングに参加している。そのような本作の中でも、ヤー・ヤー・ヤーズのニック・ジナーが轟かせるギター・サウンド、本作に参加している大多数のミュージシャンによる荘厳な合唱、オーケストラルなサウンド・プロダクションの三者が絡み合う「I Know the End」は多彩なゲストを迎えた本作を象徴する一曲となっている。

ジャクソン・ブラウンはかつて「Before the Deluge」にて、大洪水に襲われた黙示録的な世界の中で生き続けていく人間の運命を力強く歌い上げながら『Late For the Sky』の幕を下ろした。ほとんど絶望しかけたこの世界をまだ僅かだけれど信じたい。そんな憂いと希望を同居させた感情が、そこでは見事に描かれていた。フィービー・ブリジャーズも本作の最期を飾る「I Know the End」において、多くの仲間とともに“看板には「世界の終わりは近い」と書いてあった/振り返るとそこには何もなかった/ああ、ここがその終わりなんだ”と歌う。だが、そのような世界で彼女は「幽霊」として、友人とずっと一緒に「あり」続けるのだとも歌い上げる。そのリリックに不気味さは全く感じられない。むしろそこにあるのは自分の大切な人にとって、どんな場所でも自身が/自身の音楽がふとしたきっかけで目の前にそっとたち現れるようなものでありたいと願う彼女の気持ちだろう。

あなたを信じているからこそ、私もいつか・どこかであなたの小さな助けになりたい。これまでも「幽霊」は彼女の作品における重要なイメージであったが、ここで描かれる「幽霊」は上述したような他者と自分の関係性の比喩としてある。本作に収められた彼女の音楽は過去へと消え去っていくのではなく、耳にした人の心の底に憑りつき離れることなく、ひっそりと「幽霊」のように今も佇んでいる。(尾野泰幸)

Photo by Frank Ockenfels

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初来日公演直前! フィービー・ブリジャーズを聴く~ドライとウェットを兼ね備え、ステレオタイプをすり抜ける、凛々しきシンガー・ソングライター
http://turntokyo.com/features/features-phoebe-bridgers/

Text By Now Our Minds are in LAYasuyuki Ono


Phoebe Bridgers

Punisher

LABEL: Dead Oceans
RELEASE DATE: 2020.06.18

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