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心と道理の狹間に揺れる折坂悠太 新章

06 October 2021 | By Masaaki Hara

アルバム『心理』に参加している“重奏”(*1)のミュージシャンたちと、2019年4月に録音された『めめ live recording H31.04.03-04』というライヴ盤がある。CDとデジタルでリリースされたが、観客のいるライヴ・コンサートの録音ではなく、ミュージシャンたちの拠点である京都において映像込みで収録されたドキュメンタリー的な作品だ。2019年の冬から制作がスタートしたという『心理』の曲(「荼毘」)も演奏されている。映像で見ることができる演奏風景は、まるでコロナ禍を予見していたかのような、静けさと凛とした空気に包まれていた。そして、演奏そのものには、『心理』へと発展していった折坂悠太の変化が表れていた。

『めめ live recording H31.04.03-04』は、『平成』のインスト曲「take13」から始まる。折坂はマイクの前でポータブルラジオを持ち、受信した信号やノイズを即興的に操作して、ピアノと重ねる。そこに、ブラシを使ったドラムと弓弾きのコントラバスが加わると、空間に拡がりが生まれていく。カセットテープのヒスノイズを起点に、ピアノが弾いた一つのラインの上を緩やかに進んでいく演奏だった『平成』の「take13」に対して、この「take13」はラジオすらも楽音のように鳴り、各楽器が空間を保って演奏は進む。また、『平成』の「揺れる」も演奏されたが、弾き語りからブルース基調のバンド・アンサンブルに拡がり、逆に『平成』でアフロビートを使った「夜学」は、ガットギターの弾き語りとラジオノイズのみの削ぎ落とされたミニマルな演奏に変わった。

自身の特集が組まれたミュージック・マガジン誌(2021年10月号)で、折坂は『心理』に影響を与えたアルバムを挙げて、自ら解説を書いていた。その中に、ピノ・パラディーノとブレイク・ミルズの『Notes with Attachments』があった。「21年上半期の事件として記憶に残る」というこのアルバムは、『めめ live recording H31.04.03-04』の演奏を紐解く作品かもしれない。

これまでメディアに対して寡黙な姿勢を貫いてきたパラディーノは、『Notes with Attachments』のリリースに際して、珍しくいくつかのインタビューに応じている。そこから伺い知ることができたアルバムの制作プロセスは、例えばこんな感じだった。1つ、2つのリフだけで構成されていたパラディーノの曲を拡張し、異なる部分を加えてダイナミックな弧を描くことをミルズが提案する。異なる部分はミュージシャンを適宜招いて、加えられていった。「静かなギターを弾き、ほとんど聴き取れないような声で歌っていたが、複雑さの中にシンフォニックな響きを持つようにプロデュースしていた」とは、ミルズのソロ・アルバム『Heigh Ho』を褒め称えたジャクソン・ブラウンの言葉だが、微かな気配や周辺に追いやられている音の存在を、ミルズのプロデュースはいつも気が付かせる。

『Notes with Attachments』のMVで実際には弾いていない楽器も演奏する様が映されているのを見て、折坂は、彼らが音に付随する記名性を丁寧に外しにかかっていると指摘した。ベーシストとしてはヴィルトゥオーソではなく、さまざまなジャンルに対応できる構成力を持つだけだと、パラディーノは自らを控えめに語るのだが、それは折坂がいう記名性を消してきたことを意味する。パラディーノのベースもミルズのギターも、『心理』にゲスト参加したサム・ゲンデルのアンプリファイドされたサックスも、充分に個性的な音を獲得しているが、彼らの演奏は背景に潜む響きとも同化できる。録音/撮影された場所に溶け込むような『めめ live recording H31.04.03-04』の演奏も、そのことを思い出させる(『Notes with Attachments』のリリースより2年も前に録音された演奏だが)。

さて、『心理』の話だ。このアルバムの根底には、『めめ live recording H31.04.03-04』の空間の拡がりを保持したアンサンブルがある。ただ、その構造は少しばかり複雑になり、異質なものが組み合わされて、目まぐるしく変わる展開もあり、リニアではない進行も見せる。その変化に呼応するように、折坂はこれまで以上に滑らかに歌う。

少し曲を具体的に見ていこう。オープニングの「爆発」は、重厚なブラス・アンサンブルを思わせる響きで始まるが、そこに軽妙で隙間があるリズムが絡んでいく。それは、どんよりとした重さと対峙できるだけのグルーヴがあることを、歌詞以上に表現している。フォーキーなムードに包まれた「トーチ」には、アンビエントのように茫漠とした鳴りのピアノがまったく別のレイヤーを作り、風景に奥行きを与える。折坂も弾くエレクトリック・ギター2本とエレクトリック・ピアノが絡み合う「悪魔」は、マーク・リボーやビル・フリゼールといったギタリストたちがスタンダードや歌に向き合って空間的な拡がりや歪みを積極的に使った演奏を思い出させる。

「鯱」のアフロビートは、コーラスで歌われる「フーガ」の言葉通りに、追っかけっこそのものの忙しない展開を生み、ストリングスも加えて重層的にたたみ掛け、余韻を残すことなく終わる。『めめ live recording H31.04.03-04』でも聴くことができた「荼毘」は、“重奏”との演奏のハイライトの1つだ。個々の楽器の立体的な音像を保ち、軽快で躍動感のあるアンサンブルとフリーキーなトーンの組合せが感情を揺さぶる。「炎」は、複数のハーモナイザーを通し、リヴァーブをかけたゲンデルのサックスが、折坂のヴォーカルにずっと寄り添って響いているのが印象的だ。指弾きのコントラバス、ドラムとのバランスも絶妙である。ゲンデルはループペダルも使うが、小節単位できっちりと使うことはないと言っていた。グリッドにはめ込むプロダクションから自由であることは、『心理』にも貫かれている。

「윤슬(ユンスル)」は、折坂の歌とイ・ランのスポークンワードのコントラストに惹かれるが、その2つを繋ぐように弾かれるイ・ヘジのチェロも耳を惹く。ラストの「鯨」は、弓弾きのコントラバスが船を漕ぐ楫音のように聞こえ、それに導かれるように曲は進行する。“重奏”というバンドが持つ自在さを感じる演奏であり、この歌にある「場所」を描き出していく。それは、真っ直ぐに障害もなく進む航路ではないが、ゆっくりと進むことを肯定しているように響く。『心理』という、心と道理の狹間に揺れるアルバムの最後を締めくくるに相応しい曲だ。そして、“重奏”という言葉は、『心理』の音楽を最も的確に言い表している。(原雅明)

Photo by 塩田正幸

 

*1 重奏のメンバー=yatchi(Pf. / Syn.)、senoo ricky(Dr. / Ch.)、宮田あずみ(Cb.)、山内弘太(Egt.)

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ジャズにとっての、そしてジャズのみならず多くの音楽への示唆
ピノ・パラディーノとブレイク・ミルズの邂逅が示すもの
http://turntokyo.com/features/pino-palladino-blake-mills-notes-with-attachments/

Text By Masaaki Hara


折坂悠太

心理

LABEL : ORISAKA YUTA / Less+ Project.
RELEASE DATE : 2021.10.06


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