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時代は動く。さらなる変化を始めたUKシーンの中で、Hookwormsの傑作『Microshift』はユニバーサルな視点を伝える。

10 March 2018 | By Yuta Sakauchi

時代がひと回り(正確には4分の3周りくらい?)したような感覚がある。イリギスのロックが元気になってきたと言われていて、新たなスターの登場を待ち望んでいる空気感がある。ちょうど良いタイミングでフランツ・フェルディナンドがシーンに帰還して、彼らを世に送り出した“ポストパンク・リバイバル”というムーブメントの回顧も行われている。チャートの覇権はヒップホップとR&Bにあり、ケンドリック・ラマーやフランク・オーシャン、チャンス・ザ・ラッパー、あるいはミーゴスあたりが、ポップ・シーンの顔役になっている時代。それらは単に人気者というばかりでなく、作品にも革新性と刺激が溢れていて、貪欲なリスナーの耳を虜にしている。

Hookwormsの『Microshift』を聴いた時に刺激されたのは、今よりもう少し時計の針を戻した時期の音楽シーンの記憶。2005年から2009年ごろのイギリスとアメリカのロック・バンドの音像の記憶だった。1曲目の「Negative Space」からは、LCDサウンドシステムの「Get Innocuous」を思い浮かべた。イントロから、ループするボイス・サンプルとプログラミングされたマシンドラムが演出する、助走距離での構成の巧さ。そこに生のドラムをはじめとした、ダイナミックなバンドの生演奏が入ってきて、両者が有機的に融合。7分近い楽曲をしっかりと“ポップ・ソング”として成立させる見事な腕は、生粋のインディ気質と(勝手に)見なしていた、バンドのイメージをガラリと塗り替えるものだ。

前作『ザ・ハム』がリリースされたのが2014年。クラウト・ロックをルーツの一つに持つ彼らの音楽性にとって、“ループ”はもっとも重要なアイデアだ。『ザ・ハム』では、それがベースラインなどの楽器演奏によって担われていたが、本作ではサンプルやシンセサイザーのフレーズが担っている。それらのエレクトリックな要素の大胆な導入は『Microshift』での飛躍の重要なファクターだ。

クラウト・ロック的なループを主体としたバンド演奏に、エレクトリックな要素(例えば、波打つシンセ)を導入すること。それだけでなく、キャッチーで耳障りが良く、自由度の高いメロディがオンされていることも『Microshift』の特徴になっている。2曲目の「Static Resistance」では、ビーチ・ボーイズ的なメロディとコーラスが採用されていて、前作までのトゲトゲしいバンドのイメージを取り去っている。いや、実際のところオールディーズ的なメロディというのは、例えば、バンドの1stアルバム『Pearl Mystic』の「What We Talk About」のような曲でも観測できるので、彼らの根幹を成すものが、本作でより露わになった、というだけのことかも知れない。いずれにせよ、こうしたメロディ志向の、しかしエレクトリックな衣裳が施された曲からは、アニマル・コレクティブやディアハンターが連想される。彼らもまた、2000年代半ばに頭角を表したバンドだ。

もしかすると、Hookwormsは、いまは元気を失った(と見なされている)ブルックリン〜北米インディの流れを継承したバンド? たしかにそうかも知れない。折衷的で実験性を好み、しかし、ポップ・ミュージックを作っているという意味で、彼らにはLCDやアニコレの継承者だと見なされるべき権利がある。しかし、考えてみると、前述のフランツら“ポストパンク・リバイバル”のバンドたちも、それこそLCDや、その主宰者であるジェームズ・マーフィーが仕掛けた《DFA》周辺のアーティストに刺激を受けて世に出てきたバンドであった。実はイギリスのシーンも、アメリカのシーンも言うほどには切断されていないし、折々で相互に刺激しあっている(そう、そもそも《DFA》の設立した背景にはプライマル・スクリームやパルプといったUKバンドの影響があった)。『Microshift』はある意味で、英米のインディ・シーンが、実は一つの大きな共同体であることを、突然変異的に示唆したアルバムなのではないかとも思う。

アルバムの制作の背景には、バンドを襲った大きな苦難があった。読者のどれほどが記憶しているか定かではないが、2015年12月、イギリス北部を巨大な洪水が襲った。Hookwormsのフロントマンでプロデューサーの“MJ”ことマシュー・ジョンソンが運営していた「Suburban Home」スタジオも大きな被害を受け、エンジニアとして生計を立てていた彼は、生活をも危ぶまれる事態となった。『ザ・ハム』からの4年の間には、2016年のスタジオ再建、そして、その前後でのミュージシャン仲間や、《GoFundMe》というクラウド・ファンディング・プロジェクトを通しての支援の期間もあった。そう考えると、このアルバムがバンド史上もっともアップリフティングな一枚になったことに、また別の意義が感じられるだろう。ちなみに8曲目の「Boxing Day」というタイトルは、その洪水の発生日が12月26日の休日であったことに由来している。近年は、MarthaやHoney Joy、Drahlaといったバンドの作品を手掛け、プロデューサーとしてもさらなる頭角を表して“リーズのドン”などとも呼ばれるMJだが、必ずしも順風満帆なキャリアの持ち主ではないということだ。一方で、『Microshift』が、この手のインディ・バンドとしては異例の全英18位という結果を残した背景には、こうした一連の経緯で集めたアテンションの大きさも少なからず関係したのかも知れない。

もう一つ、本作に関して書いておくべきは歌詞のことだろう。本作は、これまでの作品では必ず、くぐもったようなエフェクトの奥に隠れていたMJのボーカルが、本作では何よりもはっきりと聞こえる(本国では「初めて歌詞が聴き取れるアルバム」なんて評もなされている)。そのMJの歌詞は、鬱やメンタルヘルス、そして、友人のエンジニアやアルツハイマー病を患った父親の死が関係しているそう。そう考えると、アルバム全体に(そしてHookwormsの作品全体に)通底しているメディテーショナルなドローン音の意味が、ようやくここで理解できた気もする。メンタルヘルスの問題は、近年は若いラッパーたちの主要なテーマでもあって、そういう意味で表現や属するシーンは違えど、向き合ってる時代は同じなのだ、ということを実感もさせられる。

こうして、アルバムの背景を知れば知るほど、最初に聴いた時に「なんてポップなアルバムなんだ!」と思ったことが不思議に感じられる。それは単にこちらの無理解であったのかも知れないが、それでも、ここに表されたアップリフティングなフィーリングこそが唯一の正解なのだ、と確信している聴き手としての自分がいる。その肯定感を信じて言おう。アルバムタイトルの『Microshift』とは、全ての変化や差異は、巨視的に見れば些細なことなのだ、というユニバーサルな視点を象徴した言葉なのではないか。『Microshift』は苦難を乗り越えたバンドが、大きな愛と慈しみを描いた傑作インディ・ポップ・アルバムだ。(坂内優太)

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Text By Yuta Sakauchi

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