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映画『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』評
心と体の成長がチグハグな時期の少女の心の揺れと大人への出発

29 September 2019 | By Yasuo Murao

アルフォンソ・キュアロンやジャド・アバトーといった人気監督たちが「泣いた!」と絶賛。オバマ元大統領も年間ベストの一本に挙げるなど、昨年、アメリカで公開されて話題を呼んだ『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』。タイトルを直訳すれば「8年生」、日本でいえば中学2年生だ。アメリカの8年生はミドル・スクール(中学)の最後の学年で、卒業すればハイスクールに進むことになる。その卒業式を一週間後に控えた13歳の女の子、ケイラが物語のヒロインだ。

シングル・ファーザーのパパと二人で暮らすケイラは、クラスに自分の居場所を見つけることができないでいた。密かに憧れの男の子がいて、オシャレにも目覚めた彼女は、もう子供っぽい遊びには興味がない。かといって、シャイで器用な彼女はオシャレな女子グループからは相手にされない。結局、友達をつくることができず、卒業式を前に学校の行事で「学校でいちばん無口な子」に選ばれてしまう。そんなケイラは、毎晩「私にたいな子に贈る人生の秘訣」という自撮りの映像をYouTubeにあげている。「いいね」を押してくれる人はほとんどいないが、学校でスポットライトを浴びることができないケイラにとって、SNSは自分と世界をつなぐ重要なツール。パパと食事をしている時も携帯が手放せない。

アメリカでは、ものごころついた時からSNSに繋がっている世代を「ジェネレーションZ」と呼んでいるが、ケイラはその典型的なタイプだろう。子供の頃からSNSを通じて世界と向きあい、どんな風に自分が見られるか、他人の評価が自分の存在を左右する。もともと女性は、見られる存在であることを強制的に意識させられるが、今はSNSがそれに拍車をかけている。ケイラは毎晩、見知らぬ人々に向けて自分をプレゼンしながら〈学校でいちばんクールな子〉になることを夢見ていた。そんなある日、思わぬ偶然から、クラスで一番人気の女の子、ケネディの誕生パーティに招かれたケイラは、決死の覚悟でパーティに参加。イケてる女子や男子たちが浮かれ騒ぐプールに恐る恐る入り、挙げ句の果てに勇気を出してカラオケまで歌う。見てるだけで胃が痛くなりそうだ。

ケイラを演じたのは、『怪盗グルー』シリースでアグネスの声優を務めたエルシー・フィッシャー。丸顔でぽっちゃりしていているが、可愛い部類にいれても問題ない少女だ。でも、ケネディをはじめ一軍女子のモデルのように均整のとれた身体や小顔に比べると垢抜けない。それがケイラを演じるうえで大きな説得力を持って、観客に迫ってくる。プールで集合写真を撮る時、ケイラのアンバランスな身体を通じて、彼女が部外者であることがひと目でわかるし、顔に浮かんだニキビも生々しい。その発育途中の身体が、ローティーンからハイティーンへの過度期のなかで戸惑っているケイラの心理状態を象徴しているようだ。片想いをしている男子の気を惹こうとして、意味もわからずに性的な発言をしたり、高校生の男子に車の中で迫られて凍りついたり。心と体の成長がチグハグな時期の少女の心の揺れが、温かなユーモアを交えながら繊細なタッチで描かれていく。

本作の監督・脚本を手掛けたのは、ケイラよりはひと世代上の1990年生まれで、ユーチューバーとして注目を集め、現在はミュージシャン/コメディアン/俳優など多方面で活躍するボー・バーナム。彼はケイラを決して笑い者にせず、その不器用さを観客に共感させながら優しく見守る。その優しさが本作が愛される理由のひとつだろう。ケイラは巣から落ちたひな鳥みたいに孤独で危なっかしいが、彼女をあからさまに攻撃するものはいない。ちょっぴり傷ついたりもするけれど、それは誰もが経験する程度のことで、ひどいイジメや乱射事件も出てこない。息苦しい現代社会のなかで孤独な日々を送っている平凡な少女が、そこから抜け出そうとする姿を観客は見守り、彼女ががSNSではなくリアルな人の絆で心が癒され、その小さな世界が暴力や憎しみによって破壊されないことに安堵するのだ。

そんななか、ケイラが夜通しSNSを見ている時に、エンヤの80年代のヒット曲「Orinoco Flow」が流れるシーンが印象的だ。見知らぬ土地へと舟を漕ぎ出していく歌だが、「Sail Away(出航だ)」と繰り返すサビのフレーズが、女性として成長しようともがいているケイラの気持ちを反映しているようだ。大人になることへの不安。変わることへの憧れ。様々な感情が渦巻くなかで、おそるおそる出航するケイラ。本作は可愛い手書きの文字で描かれた、ささやかな航海日誌のような物語だ。(村尾泰郎)

Text By Yasuo Murao


『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』

© 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC
ヒューマントラストシネマ有楽町、シネクイントほか全国ロードショー公開中
配給:トランスフォーマー

http://www.transformer.co.jp/m/eighthgrade/

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