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映画『CLIMAX クライマックス』評
悪趣味?こけおどし? いや、世界はカタストロフィに満ちている!

14 November 2019 | By Yasuo Murao

恍惚か嘔吐か。フランス映画界の問題児、ギャスパー・ノエは、観客の理性や生理に刺激を与えるような映画を作り続けてきた。前作『LOVE 3D』では、破局していくカップルの姿を赤裸々なセックス・シーンを織り交ぜてr653Dで撮影。いつもの如く賛否両論を巻き起こしたが、3年振りの新作『CLIMAX クライマックス』もカンヌ国際映画祭で上映されると物議を醸し出した。

映画の冒頭、若いダンサーのオーディション用の映像が、モニターに次々と映し出されていく。どうやら彼らは映画に出演するために集められたらしい。そして、唐突に舞台は雪山の廃墟へ。映画のリハーサルが終わったダンサー達は、そこでパーティーを楽しんでいた、DJが音楽をかけて、ダンサーは次々と踊って自分のワザを披露する。ダンサー達の間には様々な人間関係が生まれていて、愛し合っている者もいれば、密かに片想いしている者。怒りや嫉妬を抱いている者もいることが、会話から断片的に伝わってくる。そんななか、ダンサー達の身に異変が起こり始める。誰かがドリンクのサングリアにLSDを混入したらしく、彼らは次々と錯乱状態になっていく。「一体誰がそんなことを?」。犯人探しは集団ヒステリーへと繋がり、快楽と暴力が渦巻く狂乱の一夜が幕を開ける。

 本作は96年に実際にあった事件からインスピレーションを受けたらしい。それがどんな事件だったのかは明らかにされていないが、新聞の片隅で小さく報じられた程度のものだったとか。しかし、ノエの妄想を膨らませるには充分だった。来日したノエに取材をする機会があったが、その時、ノエは3本の映画のタイトルを紙に書いて渡してくれた。それは『大地震』『タワーリング・インフェルノ』『ポセイドン・アドベンチャー』。ノエいわく、この3本のように、誰が死んで誰が生き残るのかわからないカタストロフィ映画にしたかったとか。そして、それ以上に、ダンスを題材にした映画を撮りたかったという。それだけに、この映画のダンス・シーンはセックスや暴力シーンに負けないほど強烈だ。

なにしろ、22人のキャストのうち2人を除いて全員が演技経験がないダンサー。オープニングのダンス・シーンだけは振り付けをして、カメラのは正面からダンスを捉える。一方、全員がハイになって踊り狂う中盤のダンス・シーンは、クレーンで真上から撮影。リハーサルなしでダンス・バトルが展開する。この俯瞰でダンスを見せるショットは、往年のハリウッド・ミュージカルを連想させるが、ハリウッドの洗練されたダンスとは真逆の荒々しさと高揚感に満ちていて、まるでブードゥーの儀式のように魔術的だ。撮影に入る前、ノエは出演するダンサー達全員に、平常心を失った状態をイメージしたダンスを撮影して送るように指示したという。身体を通じて意識が変容させるダンスのパワーが、ノエの興味を惹いたに違いない。

また本作に脚本はなく、その場でキャストにシーンの状況だけ説明して演技は即興で行われた。演技もダンスバトルのようにフリースタイルで、相手のセリフや動きに即座に反応しなければならなかった。そして、キャストの動きをカメラは長回しで執拗に追いかけ、観客は廃墟のなかを歩き回るダンサーと共にカオス状態になった建物の様子を目撃し、自分も現場に迷い込んだような臨場感を味わう。そして、映画の終盤になるとカメラが横になったまま物語が進み、観客の平衡感覚も失われていく。

観客をダンサーと共に地獄に突き落とす本作で、ダンスと同じくらい重要な役割を果たしているのが音楽だ。最初のダンス・シーンで流れるセローン「Super Nature」をはじめ、M/A/R/R/S「Pump Up The Volume」、ソフト・セル「Taited Love」、リル・ルイス「French Kiss」、エイフェックス・ツイン「Windowlicker」、そして、ノエの盟友、トーマ・バンガルテルと彼のユニット,ダフト・パンクの曲の数々など、70〜90年代のエレクトロニックなダンス・ナンバーが延々とミックスされて爆音で鳴り続ける。観客もダンサー達と同じように、映画館という閉鎖された空間でエレクトロニックなビートを浴び続け、ラストで流れるローリング・ストーンズ「悲しみのアンジー」でチルアウトする。

映画を貫く不穏な空気、どぎつい色彩、激しいビートなど、今回もノエは観客の神経を逆撫でする要素を映画に詰め込んだ。その一方で独自の映像美に貫かれていて、物語の途中で突然エンドロールが流れるなど、時系列を入れ替えて、まるで映画をリミックスしているような大胆な構成もノエらしい。「悪趣味」「こけおどし」、そんな悪評をもろともせずに観客を挑発し続けるノエに〈なぜ、あなたはそれほどまでに破滅に惹かれるのか〉と質問すると、彼は「戦争、疫病、災害……、世界がカタストロフィに満ちているからさ」と笑って答えた。『CLIMAX クライマックス』はバッドテイストな新感覚のパニック映画。物語が始まったら、音楽とダンス、そして、迫り来る破滅に身を委ねるしかないのだ。(村尾泰郎)

Text By Yasuo Murao


『CLIMAX クライマックス』

(C)2018 RECTANGLE PRODUCTIONS-WILD BUNCH-LES CINEMAS DE LA ZONE-ESKWAD-KNM-ARTE FRANCE CINEMA-ARTEMIS PRODUCTIONS

ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー公開中
配給:キノフィルムズ

http://climax-movie.jp/

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