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カー・シート・ヘッドレスト
「インディー」と向き合った「インディー・ヒーロー」の現在地

25 May 2020 | By Yasuyuki Ono

シアトルを拠点とするウィル・トレドを中心としたカー・シート・ヘッドレストが、《マタドール》所属後4枚目となるアルバム『Making A Door Less Open』をリリースした。うち2枚は過去作のリワークだったことを考慮すると、オリジナル・アルバムとしては2枚目のアルバムとなる。

アルバム11枚にも及ぶBandcampでの自主制作活動を背景とした人気の拡大。ペイヴメント、ガイデッド・バイ・ヴォイシズ、ヨ・ラ・テンゴ、デス・キャブ・フォー・キューティーなどが引合いに出されるローファイで、ダイナミックなサウンド・プロダクション。社会的/文化的な引用と批評性を伴った内省的なリリシズム。トレド自身の「ナードな佇まい」。ピッチフォークなどによる批評的バックアップを受けて、このバンドは、無垢な音楽的洗練性やアマチュアリズムといった要素を持った「インディーの美学」を体現するバンドとして表象され、ファンダムが構築されてきたといえる。

ここで結論を先取りするならば、今作『Making A Door Less Open』は、2010年代のSNSや投稿サイトなどが生み出したファンダムや、《Pitchfork》《Stereogum》といったインターネット・ジャーナリズムが構築してきた、自らの成功と成長を支えたアイデンティティでありながら、自らを時に縛り付けもする上述のようなフォーマライズされた「インディー」という幻想に向き合い、葛藤しつつ新たな道を見つけようと苦闘する一人の青年の物語を内包したアルバムであるといえるだろう。

まず今作の特徴として、バンドでドラムスを担い、EDMに造詣の深いアンドリュー・カッツが制作に影響を与えていることが挙げられる。本作に先立って、ウィル・トレドは、彼とEDM/ヒップホップ・ユニット、1 Trait Dangerというプロジェクトを結成し、2作品をBandcampで発表している。《Pitchforl》のようなウェブ・ジャーナリズムや商業化した空疎な音楽フェスティバル、インディー・バンドを風刺するようなリリック、EDMとヒップホップとインディー・ロックをごった煮したパロディ的ナンセンスさも兼ね備えたサウンドがそのユニットによる作品の特徴である(ファースト・アルバムはカー・シート・ヘッドレスト『Twin Fantasy』(2018)がピッチフォークで8.6点を獲得した同日の夜に発表されているという事実も興味深い)。

そして、このグループでガスマスクをつけた人物こそ、今作『Making A Door Less Open』におけるカー・シート・ヘッドレストのバンド・ポートレイトに現れるウィル・トレドの分身たる「トレイト」なのである。ウィル・トレドは、これまでも自らを取り巻く行き過ぎたオンライン・ファンダムへの懐疑心を発言していたが、本作では上述した来たような作品を残してきた「トレイト」の姿を借りることで、これまでバンドがよって立っていたような「イメージ」を相対化し、俯瞰して見定めようとしていることを示しているように思われる。本作はまずそのような意味で、1 Trait Dangerというプロジェクトとのいわばコラボレーション作品としてもある。



加え、サウンド面からいっても「Life Worth Missing」、「Can`t Cool Me Down」といった、印象的なシンセ・フレーズが飛び出す曲群や「Hollywood」での叫ぶようなラップに、上述したプロジェクトからの影響を感じることも可能だろう。他方で「Martin」のような3分間を駆け抜けるインディー・ロック・サウンドや、ミニマルなアコースティック・サウンドを聞かせる「What`s With You Lately」といったこれまでのバンド・アイデンティティを体現するような曲ももちろん本作には収められている。様々な音楽的要素の交差点としてポップ・ミュージックを捉えるという、本作のBandcampページに添えられたコメントからも本作がどのような立ち位置とスタンスを持った作品であるか読み取ることができる。



ウィル・トレドは「コーチェラや、ロラ・パルーザに出演している新たなポップ、ヒップホップ・アクトたちと競うんだ」と述べていたと、《マタドール》の創設者クリス・ロンバルディは語っている。2011年に発表していた『Twin Fanfasy (Mirror to Mirror)』をリレコーディングし2018年にマタドールより再発した際、その制作のリファレンスとしてフランク・オーシャン『Blonde』(2016)を挙げたこと。同作に収録された「Cute Thing」という曲では2011年版で「ダン・ベイハー(デストロイヤー)の声」と「ジョン・エントウィッスル(ザ・フー)の存在感」を希求するというリリックを、2018年版では「フランク・オーシャンの声」と「ジェームズ・ブラウンの存在感」に書き換えていることに象徴されるように、狭義のロックやインディーの枠を超えた作品制作の姿勢の萌芽をこれまでも見せていた。本作では、それが上述のようなサウンド面で顕在化したといえるだろう。



そのような本作の背景となるスタンスを考慮すれば、マックス・マーティンを視野に入れつつポップ・フィールドへと飛び出していく気概を見せたテーム・インパラ『The Slow Rush』(2020年)。ダンス・ビートと80年代シンセ・ポップ・サウンドの導入に成功し、音楽的な洗練のもと自らの出自たる2000年代ポップ・エモ的なイメージからの脱皮を図ったパラモア『After Laughter』(2017年)といった作品群と本作に共通するポップ・フィールドへの前進という思想を見通すこともできよう。



ウィル・トレドは、自身に寄せられるイメージや自らを取り巻くそれまでの環境に、何らかの違和感や懐疑心を持っていたのだろう。一度構築されたイメージへの苦悩を歌う「Hollywood」の主人公のように。すればこそ、本作はカー・シート・ヘッドレストというバンドにとって「多様なサウンド・プロダクションに挑戦」といった慣用句にとどまる作品などでは決してない。自らの「居場所」に安寧を求めるのではなくより広いステージを見据えた幅の広さと深さをもったサウンド構築を模索しながら、「トレイト」という分身の力を借りつつ自らのイメージを常に更新し続けようとしているのである。イメージの固定化に抗うこと。それが本作でカー・シート・ヘッドレストが、新たな出発点から刻んだ「第一歩」のかたちである。(尾野泰幸)



ここから先はカー・シート・ヘッドレストのウィル・トレドのインタビューをお届けしよう。ちょうどコロナでステイホームに入っているさなかだったが、今の時期をどう前向きに受け止めるかが伝わる、そもそもがホームレコーディングを出発点とするウィルらしいトークになっているのでぜひ楽しんで読んでいただけばと思う。(インタビュー・文/岡村詩野)

Interview with Will Toledo

——コロナウイルスの影響で生活のあらゆる事柄が制限されている中、あなたが住んでいるシアトルでは、今、どのような状況ですか? あなた自身は音楽活動に向き合っているのでしょうか?

Will Toledo(以下、W):出来るだけ今の環境に適応しようとしているけど、僕が住んでいるシアトルでは、アメリカでコロナの意識が高まり始めた頃に多くの人が病気になったんだ。僕の友達にも病気になった人が何人かいて、僕も病気になった。それが具体的に何の病気だったか分からないけど、アメリカの他の地域よりも先に、コロナの現状に直面したような気がしたよ。
音楽活動においては、今の状況で外出できないから、その中で何をして時間を過ごそうかということをみんな考えている。ドラマーのアンドリューはライブ配信を毎日やっていてプロダクションのポイントを教えたり、パソコンで音楽を作ったりしている。僕はギターを練習して、ソロのマインドに戻るようにしている。新しいアルバムの曲をアコースティックギターで弾けるように練習しているんだ。

――今、実際にミュージシャンの多くはライヴ配信をしたり楽曲を次々とネットで発表しています。bandcampが出発点で、DIYハスラーなどと呼ばれてきたようなあなたにとっては今更…なのかとは思いますが、ここ最近のこうした状況をどのように捉えていますか?

W:リスナーとしてはもちろんbandcampやSoundCloudなどはチェックするよ。こんな状況からも何か良いことが生まれるかもしれないと思っているしね。人々は家でネットを使う時間が増えるから、色々なアーティストをチェックする機会が増えるだろうし、そもそもツアーをするための資源がなかったアーティストたちも注目される機会があるかもしれない。ただ今の僕の仕事に関しては、予定を変更しないといけないから少しがっかりしている。僕はツアーをして色々な所へ行ってライブをやるのが好きだからね。だから家に閉じ込められて、ストリーミングサービスを使わないといけない状況となると、僕にとっては、ステップダウンしたような感じがするんだ。でもストリーミングサービスはみんながアクセスできるという利点もあるし、1つの場所に大勢で集まらなくても、何かを大人数の人と一緒にすることが可能だからね。今の状況ではそれが求められているから仕方ないよね。だからリスナーとしては、僕が普段チェックしないような他のタイプのアーティストや、あまりポピュラーではないアーティストたちを見つける可能性のある機会として捉えているよ。

――さて、そんなさなかにリリースされたニュー・アルバム『Making A Door Less Open』ですが、実に4年をかけてじっくりと制作するその途中、2回のスタイルに分けてレコーディングをし、ミックスの段階でその2つの録音素材を合わせていったそうですね。まず、当初はどのようなヴィジョンでこの新作の制作に入ったのか、おしえてください。

W:今回のアルバムでは、もう少しエレクトロニックで実験的な音楽をやりたいという漠然としたアイデアがあった。今まで僕たちがいじったことのないサウンドをいじってみようと思ってね。僕たちは4人編成のバンドとして活動して、そのあとは7人編成だったけどロック・サウンドが主流だった。その間にも僕は一人でPCを使って音楽を作っていた。今回のアルバムの音楽のほとんどは、その時に作ったものからきている。PCで作っていた音楽の中から、自分が発展させていきたいと思った素材を選んで、バンド・メンバーにそれを聴かせたりした。それらが曲になるまで肉付けしていったんだ。
ただ、今回のアルバムの録音方法は、僕たちが何年もの間、幾つものアルバムを作ってきて発展させていった独自のスタイルの延長線上にあると思う。『Teens Of Denial』(2016年)以来、僕たちはスタジオで録音する方法と、PCで録音する方法を行ったり来たりしていた。だから今回も、その延長線上にある感じだね。僕は、アルバムとプロダクションにおいて、全てを自分でコントロールできているアーティストなら誰でもインスピレーションを受ける。スタジオで、曲を仕上げるのに長い時間を費やすことのできるアーティストは羨ましく思うよ。スタジオでは使用料金が1時間ごとにかかるから、スタジオに長居することは僕にとって居心地が良くないことなんだ。だからスタジオでできたものを家に持ち帰って家で処理する方法を好む。でもその点は別として、ピンク・フロイドやレディオヘッドなど、アルバムのプロダクションに時間をかけるバンドやアーティストは参考にしているよ。

――ただ、今回のアルバムで新たなソングライティングと録音の方法を見つけたその成果が形になったような作品という印象もあります。あなたはこれまでに、《マタドール》から正規で発表している作品以外にも実に多くの作品を発表してきていますが、あなた自身の曲作りが多数の作品リリースによってどのように進化してきたと考えていますか?

W:ああ、上手くなっているといいよね。僕がカー・シート・ヘッドレストを始めた時には、とにかく曲をたくさん作って、あまり曲に時間をかけないで、なるべく早く公開するようにしていた。そうすることによって人々に注目され、僕の音楽を人々に聴いてもらおうと思った。そして人々が実際に僕の音楽に気付き始め、聴いてくれるようになってからは、僕のやり方も少しスローダウンした。曲作りに時間をかけ、歌詞に関しては、歌詞を音楽から取り出しても価値のあるものになるように文学的になるようにした。歌詞や音楽が合わさった時に、コンセプトとして満足感の行くフィット感があるように曲を作ることを心がけた。僕は当時、大学生だったから大学で文学や詩について学んでいた。それが自分の曲作りや曲の構成に影響していたのだと思う。そういうやり方を続けてきて、僕は様々な音楽を聴き、様々な文献を読み、色々なことを学び続けている。自分が達成したことやその現状に満足しないで、今までの自分よりも上手にできるように努力したり、自分が今までにやったことのないことに挑戦するように自分の限界を試すようにしている。例えば、長い曲を作るのが上手になったと思ったら、今度は短い曲を書く練習をしたり、ロックの曲を書くのが上手くなったら、今度は別のジャンルの曲を書いてみるようにする、というようにね。

――コンポーズの過程をクラウド上で簡単にアップデートして公開したり、出来上がった曲をすぐさまオープンにするような、言わばガラスばりの面白さがある一方、4年をかけて作り上げた今回の作品のように時間をかけて丁寧に向き合う作り方もあります。作り手がSNSなどで気軽に情報を開放している現在、今のカー・シート・ヘッドレストが考える最も理想的なソングライティングのやり方はどういうものだと思いますか?

W:理想的なのは音楽をリリースする前に、もっと時間をかけるやり方だと思う。意図するやり方によってできてくるものは変わってくるよね。例えば、出来るだけ早く作ってすぐに公開しようという意図で作る曲の良い点というのは、曲が新鮮だったり、ワンテイクの感じがあったりする所だ。それで満足の行く音楽になる。でも、典型的な音楽というものや、僕が最近作りたいと思っているような音楽の場合においては、曲作りには時間がかかり、それを振り返る作業も必要となってくる。それなのに、音楽を短時間で公開しなければいけないというプレッシャーを感じてしまうと、クリエティヴな過程にも悪影響を及ぼしてしまう。僕が最近作っている音楽はゆっくりと時間をかけて作り込んでいく必要があるものが多いから、それが出来るだけの余裕があって、自分という範囲の中や、信頼できるバンド仲間や友達との間で、自分たちの世界を作り上げ、自分たちのものとしてしばらくの間自由にさせて、その後にリリースするというのが理想的かな。

――音の作り方が変化したということは、あなた自身がリスナーとして音楽に向き合う姿勢に変化が生じたから、とも受け取ることができます。実際に、多くの新しい音楽が日々世界中から発信される中で、あなたはこの4年の間に、どういうリスニング生活を送っていて、どのように変化したのかをおしえてください。

W:僕も誘惑に負けて、音楽を聴くための最もメジャーな方法であるSpotifyを使って音楽のほとんどを聴いているよ。新しいアーティストを探している時は、最初にSpotifyを使って探して、Spotifyにいなければ次にYouTubeで探す。特にメジャーな音楽や人気があるインディーズ音楽に関しては、これらのツールからたくさんの情報が得られる。もっと深く知りたい時は、その音楽に特化した情報源を探るよ。例えば、セルフでリリースされているような真のインディーズの音楽を見つけたい時は、bandcampに行って様々なアルバムを無造作にディグしたり、あるジャンルについて知りたかったらそれについての本を見つけて読んで、本に登場する全ての参考源を聴いてみたり……。だから自分が注目したい音楽の世界の破片を選んで、その世界で何が起こっているのか自分が理解できるまでじっくりと向き合う感じだね。僕の音楽は、ある意味、いつも親密だ。僕は一人の時に聴いたり、ヘッドフォンで聴くのに向いている音楽を選ぶことが多い。アルバム・タイトルにはそう言った親密な感じを与えたかった。部屋に他の人がいたとしても、このアルバムの時間という期間は、外の世界への扉を閉じて、アルバムが存在している、この小さな世界を嗜むことができる。だからタイトルは僕にとってネガティヴな意味合いを持つものではなくて、プライベートな空間として存在するアルバムという、ポジティヴな意味を持っているんだ。



――前作『Teens Of Denial』は90年代に多くのオルタナティヴ・ロック・アルバムを手がけたスティーヴ・フィスクがプロデュースでした。そのスティーヴとの作業で学んだこと、それが今回に生かされたことはどういうところに現れていると考えますか?

M:スティーヴ・フィスクと合流したのは、僕たちが初めてスタジオで作業した時だった。彼がその橋渡しをしてくれてとても助かったよ。彼は何十年もスタジオで音楽制作をやってきた人だからね。彼はスタジオでの仕事に慣れていたし、僕たちが録音したシアトルのスタジオの扱いにも慣れていた。だから、仕事場に入っていくというよりも、誰かの家に行ったような感覚だった。実際に録音が終わった後のミキシングは彼の家で行われたんだよ。だからとてもアットホームな感じで、初めてスタジオで作業する変な感じというか疎外感みたいなものはなかった。それに彼は、スタジオという環境で作業するということは、パソコンで音源をまとめる作業とそこまで大きな違いはないということを教えてくれた。スタジオの方が機材や環境があらかじめ整っているから音源を録音しやすい、というだけなんだ。使ってみたい機材も色々と揃っている。でもスティーヴのアプローチは比較的ミニマルだったし、『Teens Of Denial』も僕たちのディスコグラフィーからすると、無駄な要素が取り除かれた音楽だったから、彼と作業したことによって、彼のミニマルなアプローチが学べたし、スタジオの作業には様々なやり方やモードがあるのだということを学んだよ。

――そこからの進化が今作には確かにあったと。

W:うん。『Teens Of Denial』と今回のアルバムの間には、『Twin Fantasy』(2011年)を再録音したという作業があって、それには2年かかった。あの作品も半分がスタジオで半分が自宅で制作されたものだ。『Teens Of Denial』でスティーヴ・フィスクと作業して、その後『Twin Fantasy』を自分たちで制作した結果、僕たちは、スタジオでの録音と自宅での録音との理想的なバランスがわかるようになったと思う。今回のアルバムではスタジオでの作業を少なめにして、作業の大部分を自宅でやるという方法を取った。過去のスタジオ作業の経験から、スタジオで何をやるべきで、自宅で何ができるかを把握していたから、例えば、ドラム・トラックを録音するためや、バンドのメンバー全員をライヴで録音するためにだけスタジオを使った。今回のアルバムではそういうことを意識してスタジオでの作業を行なった。それ以外の作業はほとんど家で素材をまとめるということをしていたね。

――そうした作業の工程がこの作品を通して伝えるものは最終的に何だと思っていますか?

W:僕が聴いている音楽の大部分には1つのアーティストの中にも幅広いジャンルが含まれている。少なくとも、僕がお気に入りのアルバムにはね。僕が好きな作品は、特定のジャンルに属しているという認識はなくて、様々な方向性に広がっている。R.E.M.やレディオヘッドなどは様々な種類の音楽を聴いてきて、そこから影響を受けて自分たちの音楽につなげている。僕もそのやり方が良いと思っている。このアルバムの曲には全て、核というものがあって、その核こそがカー・シート・ヘッドレストのソングライティングなんだ。その核は、僕の心地よいと感じる領域から、あまりかけ離れたところまではいかない。でも今回のアルバムでは、色彩を豊かにして新鮮な音を表現できるようにと自分の中で意識していたよ。そのための一番の方法が、色々なジャンルをチェックしてどんな感じの音なのかを発見することなんだ。

――タイトルに“Teens”とつけられた作品が前作でいったん完結したかのように、まるで今作からは人生の新たなステージに入ったような、そして混沌とした社会に放り出されたような…本作の中にいる主人公はそうした環境の中で一喜一憂しているかのようです。あなたはこのアルバムの中に生きる、そうした仮想の主人公(キャラクター)に、どのような息吹を与えたかったのでしょうか?

W:確かに今回のアルバムは『Teens of Denial』の続編というか成人したヴァージョンとして捉えられるかもしれないね。今まで僕が作ってきたアルバムは、僕の人生のスナップショットであり、アルバムを制作していた時に経験していた僕の人生の時期についてだ。『Teens of Denial』は大学教育を受けている時の僕の人生の場面を切り取った作品だし、今回のアルバムはその後の5年間が網羅されている作品だ。今回の作品の方が、個人的にはずっと散在している感じがする。大学という、組織という概念がないからね。今回のは、一定期間における日常生活についてのアルバムだから。今回のアルバムはそれを捉えるのが目的で、それを象徴するべきものなんだ。人生を生きて行く上で感じる様々な感情を捉えるということは、人生のビッグイベントを捉えることと同じくらい大切だと僕は思う。アーティストの課題の一つとして、何も起こっていないような現象を見て、何が起こっているのかを感じ取り、それを描写することというものがあると思う。

――では、あなたにとってこれまで多用されてきた“Teen”とは何を象徴するもので、今作のタイトルに出てくる“Door”は何を象徴するものだと考えますか?

W:『Teens of Denial』というタイトルを思い付いたのは、かなり前の話なんだ。僕があのアルバムの音楽を作ったのは10代をちょうど卒業した頃 ……20歳か21歳くらいだったかな……あ、思い出した! 『Teens of Denial』のアルバム・アートに使われた写真に、『Teens of Denial(否定的なティーンたち)』というキャプションがついていてそれを使ったんだ。でも、それを見て、10代を終えたばかりの人たちのことのように感じて、その表現に惹かれるものがあった。面白いタイトルだと思ったし、アルバムに関係あるタイトルだと思ったんだよ。まだ未熟だけれど、同時にふざけている感じというか……。
一方で今回の『Making A Door Less Open』の“Door”は、カー・シート・ヘッドレストと同じような感じで、中立的な物体なんだけど、個人によって各自の印象を作り上げることができる、というもの。自分が感じた印象が正しいということ。僕はよく、バンド名やタイトルを、特定の方向性を明確に示すものではないものにするようにしている。リスナーに音楽を積極的に聴いてもらい、自分たちで結論を出してもらいたいから。周りの文脈よりも、自分で感じた印象を大事にしてもらいたいんだ。

――なるほど、アルバムのアートワークの解釈にもそれは重なりますね。街灯が一つだけついた暗い夜道に、折りたたみ椅子の絵が、まるで扉のようにおかれているジャケットの絵。扉のようでいて、『2001年宇宙の旅』に出てくるモノリスのようにも見えます。このアートワークが意味するものはどういう感情なのでしょうか。

W:アートワークを担当してくれたのはケイト・ワーツで、彼女とは過去にも何度か一緒に仕事をしてきた。今回のアルバムの音楽についてのアイデアや、彼女のアルバムに対する意見について、彼女と僕はやり取りを繰り返した。今回は、音楽の面では、対照性の強さというか相反するアイデア同士が並列されていて、彼女はそれをアートワークにも反映させたいと言った。そこで、彼女は、2つの異なったシナリオ同士が並列している絵を描き始めた。暗い、抽象的な深夜みたいなシーンに対して、明るい日中の絵だったり、それが写真という案のときもあった。必ずしも合わない2つのものを対照的に提示するのが狙いだった。ある時点で彼女は、別の企画で、椅子の絵を描いてツイッターに投稿したんだけど、それを見た僕はその絵がとても気に入った。中立だけど、感情がこもっていそうな…それは僕が目指している感覚だ。少なくとも、今回の『Making A Door Less Open』というタイトルにおいては。そこで、僕たちが作成中のアルバム・アートにこの椅子の写真を入れたらどうかとケイトに提案した。そしてこの絵が最終的にアルバム・アートに採用された。この椅子の絵と、それに対照的な暗い街灯の絵……の組み合わせだね。

――外へ出る契機と、内側での咀嚼とが背中合わせになったような示唆的なアートワークです。

W:ああ、本当はリスナーのみんなにはパーティーやコンサートでこのアルバムを聴いて欲しかったんだ。でも、さっきも話したようにこのアルバムは一人の時や、一人でヘッドフォンで聴くのにも適していると思う。今の状況の影響で、今回のアルバムは、比較的ゆっくりと消化されて行くのではないかと思っている。アルバムの音楽を聴いて楽しむまでに時間がかかるかもしれないけれど、実際に音楽を聴く時間というのも増えると思う。だからアルバムを初めて聴いた人にとっては違和感を感じるかもしれないけど、この状況のおかげで、アルバムを何度も聴く機会が増えると思う。このアルバムには、一度聴いただけでは汲み取れない部分もたくさんあるから、アルバムを繰り返し聴くことによって、その良さがかってもらえると思う。そしてこの危機をみんなで乗り越えられて、ライヴが再びできるようになった時は観にきてくれた人たちにアルバムの曲のライヴ・ヴァージョンを楽しんでもらえると思うよ。
<了>

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Text By Yasuyuki Ono


Wake UP!

Car Seat Headrest

Making A Door Less Open

LABEL: Matador / Beatink
RELEASE DATE: 2020.05.01

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