Back

音楽製作における“人種的な音”の創造

02 October 2021 | By Mari Nagatomi

Charles L. Hughes
Country Soul: Making Music and Making Race in the American South

歴史家チャールズ・L・ヒューズによる『Country Soul』は、1960年代初頭から1970年代初頭のテネシー州メンフィス、ナッシュビル、アラバマ州マスル・ショールズ(*1)へ読者を誘う。ヒューズは、この地域を「カントリー・ソウル・トライアングル」と呼び、音楽製作に携わったスタジオミュージシャン、プロデューサー、経営者に焦点を当て、南部の黒人(*2)と白人の違いを国際的に知らしめることになったサザン・ソウル(以下ソウル)とカントリー音楽(以下カントリー)を取り巻く歴史を語り直し、音楽が人種に本質的に備わるとする考えに一石を投じる。

ヒューズが改めて語る歴史には、人種に関する「アンビバレンス(相反する状況)」が付き纏う。各章では、音楽製作に携わる人々の人種を超えた現場での体験と、製作した音楽を通して、彼女彼らが人種間の隔たりや違いを巧みに操る経緯が明かされる。

第1章では、初期のマスル・ショールズについて、カントリーを好んだがソウルのシンガー・ソングライターとして活躍したアーサー・アレクサンダー(*3)を中心に述べられる(「You Better Move On」)。《FAME》のオーナーだった、リック・ホールについても述べられ、彼らが人種を隔てて愛好されるような音楽を製作しながら、同時に人種間の違いを強調して音楽を売り出した経緯が述べられる。第2章では、カントリーとソウルの録音に携わった黒人と白人のミュージシャンによって製作され、南部の人種関係の進歩と和解の象徴であると同時に、当時「もっとも黒い」ポップとして評価された1960年代半ばのメンフィス・サウンド(*4)に焦点が当てられる(サム・アンド・デイヴ 「Hold on I’m Comin’」)。

第3章では、アル・ベルが社長となった1960年代後半のスタックス・レコード(*5)が取り上げられる。当時のスタックスは、楽曲で「黒人らしさ」を顕著に表し、ブラック・パワー運動(*6)とも連帯していた。しかし同時に、従来の人種統合のイメージも維持し、白人ミュージシャンも継続して録音に参加させていた(ザ・ステイプル・シンガーズ 「Respect Yourself」)。第4章ではブラック・パワー運動最中の1960年代後半のマスル・ショールズ・サウンドが扱われ、「黒人らしさ」が強調されたソウルによって、現地の黒人ミュージシャンよりもむしろ、白人プロデューサーやミュージシャンがソウルを演奏する免罪符を得、より多くの労働機会を享受した状況が述べられる。

第5章ではブラック・パワー運動の反動として興隆した白人保守のホワイト・バックラッシュと共に連想されるようになるナッシュビルのカントリー産業が、黒人カントリー歌手チャーリー・プライドを軸に取り上げられる(「Kiss an Angel Good Mornin’」)。カントリー産業が、人種問題は存在しないとするカラー・ブラインドの立場を取る一方で、多くのカントリー・ミュージシャンが黒人音楽から影響を受けていることを表明していたこと、多くの黒人が、カントリー産業への参加を否定されていたにもかかわらず、カントリーを自分たちの音楽として愛好していたことが述べられる。

第6章では、ナッシュビルを中心としたカントリーが保守勢力と結び付けられることに反感を持ち、人種差別のない「新しい南部」を主張しようとしたスワンプ・ミュージック、アウトロー・カントリー(*7)、サザン・ロックに携わった白人ミュージシャンが扱われ、これらのスタイルの台頭による、黒人ミュージシャンの労働機会の減少とソウルの主流市場からの衰退が描かれる(ウェイロン・ジェニングス 「Luckenbach, Texas (Back to the Basics of Love)」)。最終章第7章では、レーガン大統領就任後のカントリー・ソウル・トライアングルが描かれる。当時最も新しい黒人音楽とされたディスコを取り入れたカントリーが、近代的な南部を表現しようと試み、同時にソウルがさらに懐古的な音楽として認識されながらも、継続して製作されたことが記される。

ヒューズは、これらの章を通して、従来のカントリー・ソウル・トライアングルの歴史(*8)への介入を試みる。これまでの歴史は次のように要約できる。―メンフィスやマスル・ショールズで製作されたソウルが、白人優勢主義に対抗し、アメリカ南部の人種統合を目指した「南部の自由への夢」を具現化していた。しかし、1960年代後半にキング牧師が暗殺され、ブラック・パワー運動が興隆したために、人種統合された製作現場から発信されるソウルが下火になった。―

このような歴史叙述では、ブラック・パワー運動以降も存在した人種を超えた音楽製作とサザン・ソウルの存続、黒人・白人ミュージシャンのカントリーへの貢献、カントリーとナッシュビルの音楽産業のソウルとの密接で複雑な関係が明らかにされない。さらにヒューズは、従来の歴史は二つの前提によって構成されると指摘する。一つは、白人が、ソウルによって南部の人種差別の過去を払拭し名誉挽回したという考えであり、もう一つは、ソウルを生み出した黒人と白人が協働した音楽スタジオは、人種の軋轢やアイデンティティなども存在しない、実際の社会を超越するユートピアであったとする考えである。

したがって、「南部の自由への夢」としてのソウルの歴史は、この地域における人種に関する概念が、実際の生活や社会にどのように作用したのかを歪めて説明する恐れがある。つまり、人種統合された音楽環境が、黒人にとっては、人種主義の存在しない社会や文化を反映するものではなかったことや、人種の違いを強調したジャンルが人気を博しても、黒人音楽とされるジャンルを通して経済的な恩恵を受けたのは、白人音楽家や白人によって所有された音楽産業やスタジオであったことも見えにくくなるのである。

これらの問題点を解決するために、ヒューズはスタジオミュージシャンや、プロデューサー、音楽業界の経営者を労働者として扱い、本著を労働史として記述した。音楽製作と人種にまつわる複雑な実態を解明しながら、同時に音楽製作に携わる人々の主体性をも救済している。本著では、音楽製作に携わる人々が、あるジャンルと共に連想される人種的特徴を体現する単なるパイプ役として描かれない(*9)。「カントリー・ソウル・トライアングル」で最も人種的にかけ離れていると考えられるジャンルを跨いで活躍した音楽製作者の体験を描くことで、ヒューズは、彼女彼らが、訓練を通して獲得した音楽的表現力、技術力、創造力を持ち備えていたからこそ、人種統合を象徴するメンフィス・サウンドも、保守の白人労働者階級と想起されやすいカントリーも、ブラック・パワーを象徴したソウルも奏でることができたと説明する。

このように音楽製作に携わる人々の体験とともに、彼女彼らの主体性が可視化されると、本著の副題が示すように、黒人と白人はそれぞれ異なる独特の音楽を生まれながらに演奏できるとする概念は、なんらかの意図に基づいて人間が創造し、補強してきたことが浮き彫りになる。本著ではそれを示すエピソードが数多く紹介される。例えば、1967年にマスル・ショールズで行われたアレサ・フランクリンの「Do Right Woman, Do Right Man」の録音では、プロデューサーのジェリー・ウェックスラーが、黒人のように歌えると有名だった本楽曲のソングライター、ダン・ペンを録音ブースに送り込み、フラクリンに「ちゃんとしたソウルフルな歌い方」を歌ってみせた (p.76-77)。また、スワンプ・ドッグ(*10)は、カントリーを聞いて育ち、ブルースやゴスペルは音楽的に難しいと感じたので、音楽を生業とするようになって学んだ。彼は、ナッシュビルのカントリー音楽産業が保守的で、黒人カントリー歌手は成功しにくいと理解していたために、カントリー音楽に影響を受けつつも、あえて自作の楽曲をホーン・セクションでアレンジし、R&Bのテイストを強めて音楽家としての成功を狙った(p.146-147)(スワンプ・ドッグ「Don’t Take Her (She’s All I Got)」フレディ・ノースジョニー・ペイチェック)。

これらの事例からさらに理解しなければならないのは、さまざまな音楽から学んだ知識を活用し、新たな音楽を作り出す創造力と表現の自由を、白人に比べて黒人は、ほとんど謳歌することができなかったということである。そう考えると、「文化の盗用」と表現される、権力を持つ者が、権力を持ち得ない者と深い関わりのある音楽の要素を用いて、経済的成功を収めることへの批判も、時には権力を十分に行使することができない人々の音楽的創造力を限定する考えに支えられている場合があるとも推測できる。黒人音楽と称される音楽が、黒人の体験と深く関わりがあることへの理解は引き続き必要である。しかしながら、(とりわけ南部の)黒人と白人はそれぞれ異なる独特の音楽を奏でるとする、ある音がある人種に本質的に備わるとの考えが、黒人の音楽実践や創造力の自由を限定し、白人に有利な社会や文化の構造を補強してしまうことも、今深く理解されるべきであろう。『Country Soul』は人種と音楽製作にまつわる複雑な関係と共に、音楽製作者の幅広い創造力やそれを裏打ちする努力や訓練をも提示する、音楽評論の将来をも照らす1冊である。(永冨真梨)


*1 テネシー州メンフィス(Memphis)は、テネシー州南西部の端、ミシシッピ川東部の都市。ナッシュビル(Nashville)はテネシー州中央部の州都でメンフィスからは車で3時間ほどの距離に位置する。アラバマ州マスル・ショールズ(Muscle Shoals)はアラバマ州北部の都市で、テネシー州ナッシュビルから車で3時間ほど南下した位置にある。メンフィスは、ソウル、ブルース、カントリー、ロックンロールなどが発展した街で、ナッシュビルは1950年代後半からカントリー音楽の産業の中心地、マスル・ショールズは、1950年代に録音スタジオ、フェイム(FAME: Florence Alabama Music Enterprise)が出来てから、サザン・ソウルの代名詞ともなり、その後、ロック、ポップスなどのスターたちも録音に訪れた。
*2 本稿では、大文字のBを使用したBlacksの翻訳として「黒人」と表記する。ヒューズの著書で扱う時代には、奴隷時代を体験した先祖を持つアメリカで生まれた人々(アフリカ系アメリカ人と主に表記できる人々)が人口の多くを占めている。その後アフリカ生まれの親や、アフリカに先祖がいない人々の人口が増えた。また、アフリカ人の先祖がいたとしても、アフリカに対する個人的な繋がりを感じない人もいる。しかしながら、これらの人々は、アメリカにいれば、「黒人」としての体験をせざるを得ない。このことが、ジョージ・フロイド氏の死をきっかけに再度確認されることとなった。そのため、以前からBlacksをどのように表記するかの議論はあったが、ブラック・ライブズ・マター運動のさらなる広がりを契機に、AP通信や、CNN、ニューヨーク・タイムズ紙などのアメリカの主要メディアは、Blacksと表記することにした。Bを大文字にすることで、単なる肌の色ではない、黒人であることで特殊な体験をしなくてはいけないとの意味を込めている。参照: “Why We are Capitalizing Black” The New York Times, July 5, 2020. , 最終閲覧日2021年9月3日; “AP changes writing style to capitalize “b” in Black” The Associate Press, June 20, 2020. , 最終閲覧日2021年9月3日。
*3 Arthur Alexander。アラバマ州シェフィールド出身のシンガーソングライター。ソロでもソウルシンガーとして活躍したが、ザ・ビートルズ「Anna (Go to Him)」、ローリング・ストーンズ「You Better Move On」などに楽曲が録音されたことで有名である。
*4 Memphis Sound。本著で取り上げられるスタックス・レコード(Stax Records)と、ハイ・レコード(Hi Records)などのレーベルを中心に製作された楽曲を指すことが多い。都会的なモータウン・サウンドとは対照的にゴスペルなどの影響を受け、より創造力に富んだスタイルが多いとされる。
*5 Stax Records。メンフィス・サウンドを創出した代表的な音楽レーベル。1957年にテネシー州メンフィスで創業された。
*6 ブラック・パワーというスローガンと共に行われた1960年代から70年代初頭のアメリカ黒人解放運動。文化面では「黒いことは美しい(Black is Beautiful)」の考えも流行した。
*7  Outlaw Country。カントリー音楽のサブジャンルとして知られる。ウィリー・ネルソンやウェイロン・ジェニングスを中心としてマスル・ショールズでも製作され、その後テキサスにその拠点を移した。
*8 ヒューズは従来の歴史の代表として、ピーター・ギュラルニックによる『スウィート・ソウル・ミュージック―リズム・アンド・ブルースと南部の自由への夢(Sweet Soul Music: Rhythm and Blues and the Southern Dream of Freedom)』(新井崇嗣訳)を挙げている。
*9 例えば、「白人の血が流れているからカントリーは自然に分かる」や「黒人だからブルースを愛好する・演奏できる」などの描写である。
*10 1970年代以降スワンプ・ドッグの名で活躍するシンガーソングライターで、ソウル、R&Bシンガー。ヴァージニア州ポートマス出身。以前は、リトル・ジェリー・ウィリアムスとしても活動。アトランティック・レコードで働き、パティ・ラベルとブルー・ベルズなどのプロデューサーとしても活躍した。共同で作曲した「She’s All I Got」がR&B(フレディ・ノース)並びにカントリー(ジョニー・ペイチェック)でもヒットした。


著者:Charles L. Hughes

刊行年:2015

タイトル: Country Soul: Making Music and Making Race in the American South
出版社:Chapel Hill: University of North Carolina Press

購入

Text By Mari Nagatomi

1 2 3 62