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ビッグ・シーフ、その“移ろい”の美学

16 February 2022 | By Yasuyuki Ono

2018年。ビッグ・シーフが老舗インディー・レーベル《Saddle Creek》よりセカンド・アルバム『Capacity』をリリースした時点では、まだこのバンドは一部のインディー・ロック・ファンのみぞ知る存在であった。しかし2019年に発表された『U.F.O.F』と『Two Hands』という二枚のアルバムを契機に、批評家筋からの高評価のみならず『U.F.O.F.』がグラミー賞ベスト・オルタナティヴ・ミュージック・アルバムに、『Two Hands』に収録された「Not」がグラミー賞ベスト・ロック・パフォーマンスにそれぞれノミネート。停滞があちらこちらで囁かれていた(US)インディー・ロックに到来した新たなスター・バンドとしてこのバンドは一躍ワールド・ワイドな存在となった。ヴォーカル/ギターのエイドリアン・レンカーとギターのバック・ミークのルーツたる、フォーク(・ロック)をベースとしながら、オルタナティヴな轟音ギターや、空間を利用したスケールの大きいスペーシーでアンビエントな音像構築に、このバンドのキーとなるエイドリアン・レンカーの感情の振れ幅を的確に表現する稀有なヴォーカル・スタイルを組み合わせて生み出されるバンド・サウンドは唯一無二の個性をこのバンドへともたらした。

その二連作をもってバンドの充実度を聴衆の眼前で提示すべく計画された日本を含むワールド・ツアーは、2019年末より世界的に拡大したコロナ・ウィルス感染症の影響をもって中途で取りやめとなり、バンド・メンバーはそれぞれ自らの街や住まいへと帰り、そこで自身の作品制作に注力することとなる。エイドリアン・レンカーは4月にウエスタン・マサチューセッツの山中にある森に囲まれたワンルーム・キャビンに休養を兼ねて訪れ、その場でアコースティック・ギターを中心とした2枚組のソロ・アルバム『songs』『 instrumentals』を制作。バック・ミークは自身の弟や旧知の仲間たちと共にニューオリンズの一軒家に泊まり込み、8トラックのテープ・レコーダーを使用して7日間という短期間でカントリー・フレイバーの濃いソロ・アルバム『Two Saviors』を生み出した。マックス・オレアルチックはジャズ・アルバムの制作に精を出し、そしてジェイムズ・クリヴチュニアはニューメキシコの川沿いに設けられた小さなコミュニティ・エリアに身を寄せ、数年来制作を行っていたインターネット上に打ち捨てられた動画や音源、フィールド・レコーディング、ドローン、ソーキング・ミュージックなどを断片的に組み合わせたエクスペリメンタル・アルバム『A New Found Relaxation』をリリースした。そのような各人の活動をも背景としながら、本作『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』は本作のプロデュースも手掛けたジェイムズ・クリヴチュニアの主導のもと、5カ月間という期間でニューヨーク、カリフォルニア、ロッキー山脈、ツーソンという4つの異なる場所でレコーディングされた。そこにはこれまでも共に作品を作り上げてきたショーン・エヴァレットやトム・モンクスを含む4人のエンジニアと、バック・ミークの古い友人でありレーベル・メイトでもあるトワインのマット・デイヴィッドソンを主たるレコーディング・メンバーに迎え入れた。

この20曲にもわたる大作を聴いて分かるのは、上述したように本作が一つのサウンド・テイストに還元されることはないということだ。マット・デイヴィッドソンが演奏するフィドルの音色が印象的な「Squad Infinity」に「Red Moon」、「Dried Roses」といったフォーク/カントリー・テイストの楽曲が作品中、印象的に配置されるとともに、それ以前の『masterpiece』(2017年)や『Capacity』(2018年)の時期にバンドが鳴らしていた相対的にシンプルでシルキーなフォーク(・ロック)楽曲である「Sparrow」や「No Reason」、「Simulation Swarm」といった楽曲が本作のアーシーな雰囲気を支えているといってよい。しかしながら、複層するギターとビートが万華鏡のように乱反射する「Little Thing」やチージーなドラム・マシンを用いたインディー・ポップ・テイストの「Wake Up Me Drive」、透明でドリーミーなエレクトリック・ギターがシューゲイザーのように厚みをもって展開する「Flower of Blood」やアープ・シンセサイザーと無作為なビートに彩られたエクスペリメンタル・ポップ「TIme Escaping」など作品全体の印象を一元化することは非常に難しく、そのサウンドのカラフルネスは本作を形作る大きな特徴の一つになっている。一昨年からのバンド・メンバーそれぞれのソロ活動で練り上げられたサウンド・メイキングや過去作からバンドの作品に携わってきた旧知のエンジニアたちの存在が本作における多彩なサウンド・カラーの背景にあるだろうことは想像に難くない。

そして上述のように楽曲によって次々と移り変わる音像にのって、エイドリアン・レンカーは時間の、生の“移ろい”を逞しく、静かに歌い上げていく。“永遠に生きるつもり?/死ぬこともなく/周りのものは全て移ろいゆくのに”(「Change」)。“少しの間会って、あたりを散策して、解散する/感情みたいに/閃きみたいに/未来と過去で編まれたあなたのセーターの上に/落ちたまつ毛みたいに”(「Little Thing」)。“時は死ぬべき運命にある/一年後なんてまるで墓碑銘”(「Blue Lightning」)。“時が、時が逃げていく”(「Time Escaping」)。宇宙、水、風、鳥、虫、あなた、そしてわたし。これまでもビッグ・シーフの作品中で用いられてきたリリックのモチーフを踏襲し、対象物のスケールを楽曲によって目まぐるしく移行させながら本作においてエイドリアンは“時間”というパースペクティヴを補助線として事物の“移ろい”を丹念に歌い上げていく。ここでエイドリアンが歌っているのは機械的に進みゆく直線的な時間のなかにあって、その“移ろい”もしくは“喪失”といったものにフォーカスし、それを自らの生のなかに意識的に組み込むということである。それはもちろんエイドリアンが『U.F.O.F』や『Two Hands』、もしくは自身のソロ作品においても歌い続けてきたテーマでもあるが、「Change」=「変化」という題名の楽曲から始まり「死ぬまでずっと生きたい」(「Blue Lightning」)というリリックで幕を閉じる本作において、そのテーマはより輪郭を際立たせているようにも思われる。

そしてのその“移ろい”というテーマはビッグ・シーフというバンド全体にも通底するエートスでもある。本作のリリースにあたり《Pitchfork》に掲載されたインタビューにおいて「落ち着くことなく、一つの場所に長くとどまることのないように」というバンドにおける指針が述べられ、バック・ミークはそこでこう語っている。

私たちに歩む力を与えてくれるものは危険という原則なんです。その恐怖は私たちに生きているという感覚を与えるものでもあるからこそ、私たちはその恐怖を押し込めるようになりました。そしてそれが私たちを前へ歩む力をくれるのです。

ビッグ・シーフが本作において試みているのは、サウンド面からいえば同時代のロック・バンドとして最大級の評価を得た前作、前々作のサウンドをなぞり続けるのではなく自らが思うままに過去の自らにもたらされた解釈をひらひらと躱し、スルリと過去という殻のなかから飛び出していくということだ。それは逃避や混乱などではなく“移ろい”というこのバンドがもつエートスが結晶した一つの形なのだとも思う。「もしかしたら、本当の答えなどないのかもしれません。しかし、私たちはただ旅の途中でお互いに問いかけをし続けているだけなんですよね」。本作を作り上げたバンドについてエイドリアン・レンカーがこう総括するように、このバンドはきっと終点へとたどり着かずに“移ろい”のなかでバンドが終焉を迎えなければいけないことを自覚している。いつか終わるからこそ、進みゆく時のなかでいま・ここで生み出せる最大限のものを生み出し続ける。概念的な終着点を意識するこのバンドが生み出す本作の美学はそのような“移ろい”とともにある。(尾野泰幸)

Text By Yasuyuki Ono


Big Thief

Dragon New Warm Mountain I Believe In You

LABEL : 4AD / Beatink
RELEASE DATE : 2022.02.11


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