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BEST TRACKS OF THE MONTH – October, 2019

binki – 「Heybb!」

いまのロックンロールに多大な影響を与えた人物ジミ・ヘンドリックス。しかし、後期はソウルへ傾倒するなどジャンルや人種といったものに拘りがなかったと書籍や映画で現在に伝えられている。そんな彼の影響を受けたのが、黄色い電話などビビットな色使いが印象的なMVの中でもひときわ目を惹くピンク色の頭をした青年。彼はいま早耳のリスナーたちから注目を集めているノース・カロライナ育ちの新人、BinkiことBaraka Ongeriだ。俳優を目指していた彼だが友人と遊びとして始めた楽曲制作が注目を集め、現在はニューヨーク/ブルックリンへと拠点を移し音楽活動を活発化させている。

これまで発表されている曲は全て友人であるChasen Smithプロデュースで制作されており、彼らの楽曲はギターソロの印象的な「Wiggle」などロックバンド的な楽曲をヒップホップ的な手法で味付けするハイブリット感が魅力だ。そんな彼らの新曲「Heybb!」はこれまであったロックバンド感を少し後退させ、よりビビットなファンキーチューンに、加えて彼の歌い方はヒップホップ的なラップではなくロックスターのニュアンスを強くしている。それにより「Wiggle」とは違うベクトルのハイブリットなポップソングに仕上がった。“ヘイ、ベイビー”などロックンロールのクリシェを違和感なく再解釈してみせた所に(流行りではないかもしれないが)私は面白さを感じる。(杉山慧)

THE CHEF COOKS ME – 「Now’s the time(New Feeling) 」

下村亮介(以下シモリョー)たった一人になったTHE CHEF COOKS MEが、多彩なゲストを迎えて約6年ぶりの新作『Feeling』を完成させた。アルバムの冒頭を飾る、2018年に配信シングルとしてリリースされたものが(New Feeling)となって生まれ変わった本楽曲。シモリョーによる独白のような歌が、徐々に熱を帯びてソウルフルになっていく。そのうちにゴスペル隊が加わって壮大に展開していく中で現れる象徴的なフレーズ、「We are all alone We are not the same」=“みんな一人なんだ、でもみんな同じじゃない”は奇しくも今のTHE CHEF COOKS MEの状態を言い表しているじゃないか。それは孤独の叫びでも、「みんなちがってみんないい」のようなシンプルなメッセージでもない。どんな苦難があっても時代は進んでしまう数奇な運命を受け入れ、自分を奮い立たせるための歌なのだ。一人になったがゆえに「よければ一緒に」と救いの手を差し伸べる、普遍性を持った賛美歌のような強さがある。シモリョーが他バンドのサポートに徹した時期も経て、THE CHEF COOKS MEによるポップスの集積が放たれる瞬間。今がまさにその時なのだ。(峯大貴)

Frances Quinlan – 「Rare Thing」

フィラデルフィア拠点のインディー・バンド、Hop Alongのボーカル、フランシス・クィンランによるソロ・アルバムの先行トラック。体の奥底から絞り出すような、エモーショナルで繊細な彼女の歌声が、時にスウィンギーな軽やかさをみせつつ曲全体を跳ね回る。そのカラフルで、多元的なボーカル・スタイルが彼女の最大の魅力だ。ピッチ・フォークは10月に発表した​2010年代ベスト・アルバム特集​にて、Hop Alongを以下のように評した。「ローファイ・サウンドのソロ・プロジェクトがインディー・ミュー ジックのメイン・ストリームとなることが多かったこの10年。その中で、Hop Alongは迫真のパフォーマンスに満ちた、誠実で率直なロック・バンドの存在を示す強力なモデル・ケースだった」。

そのバンドにて培われた楽曲のダイナミズムを引き継ぎながら、本曲では電子音とデジタ ル・ビートを全面的に導入。Hop Alongでのギター・オリエンテッドなバンド・サウンドを良い意味で二次的なものとして退け、それによって前景化し、輪郭を際立だせた歌が勢いを増して四分間を駆け抜けていく。この曲は、気づけばあっという間に目の前から去っていく歌声の行く末をどこまでも追いかけたくなるような、そんな歌。本年ベスト・トラックかも。(尾野泰幸)

New Biboujin – 「Bonsole」

10年代の終わりに生まれるべくして生まれた一曲。このディケイドに起きたビート、ボーカル表現の進化を飲み込み、20代後半のDIYな3人組が、京都、東京周辺と拠点を遠く隔てながらも時間をかけて作り上げた、昨年の「Night / Boy」に続く3作目のシングルだ。

まず圧倒されるのはボーカルを務める水野翔太のソウルフルな歌声。リリックで綴られているのは、社会から置いていかれ、うまく生きることのできないダメな自分、そしてそれを美化することもできない、(いや、したくない)自分との間に生まれる葛藤だ。ただ、最後に残った「誰かを愛している自分」 に希望を見出すかのように、ラストの“All I Got is I Love You”は反復される度に強度を増していく。そんな歌声と同調するように、土台となるゆらゆらとしたビートのドリーミーかつ不穏な雰囲気はヴァース部の諦念感を映し、終盤に音数が増えカオティックなグルーヴを聴かせる音色達も、暗闇から光を見つけた人間の活発な呼吸のように生き生きとしている。エモーショナルな歌をビートと音色が助け合って包み込んでいく美しい様はジェームス・ブレイクの最新作『Assume Form』も思わせる。自分を許してみよう。それは、正直に歌われるからこそ、説得力がある。(山本大地)

The Orielles – 「Come Down On Jupiter」

2018年のデビュー作がギター・ポップ・ファンの間で好評だったイギリスの混合男女4人組が2020年の2月にリリースする2ndアルバムからの先行シングル。従来からの持ち味であるどこか醒めているようにも感じる爽やかさに加えて、クール・ジャズの静けさと混沌さ、突き抜けるような高揚感を持つ。終盤には、スキャットとプルタブを開けるような音が彩りを与え、まるで現代アートのようなビビット感と面白みを持つ。

リリース時のコメントによると、宇宙飛行の物語のサウンドトラックをイメージし、「先週木曜教」(オムファロス創造論のパロディ宗教で、宇宙は先週木曜日に創造され、その時に記憶がすでに埋め込まれているというもの)と必然的な運命の関係を歌った曲だという。宇宙飛行の闇の中を高速で進でいるような音像は、哲学的な思考と現実から解放された高揚感の行き来を表現しているのであろう。虚無感が覆う今の世の中において、宇宙飛行と現実を疑うパロディ宗教を持ち出すのは「この世が現実でなければいいのに」という想いの表れなのかもしれない。(杢谷えり)

オカモトコウキ – 「頭の中だけ俄然ポップ」

インディーミュージックをリスナー生活の主戦場とする私にとって、OKAMOTO’Sというバンドはなんとなく近いところにいるけど、決して交わることのない存在のような気がしていた。ゆえに大変不勉強でお恥ずかしいかぎりなのだけれども、オカモトコウキというアーティストがOKAMOTO’Sのメンバーであることも知らないまま、北山雅和(コーネリアス、ceroなども手がける)によるビビットなジャケットにひかれて聴いてみた、というのがこの作品との出会い。

しかし彼の楽曲を一聴して感じるのは、私が愛する音楽たちと同じ匂いがするルーツ感の濃さと共に、長年メジャーの最前線で揉まれてきただけのことはあるクオリティの高さと抜けの良さ。特にこの「頭の中だけ俄然ポップ」は初期XTCを彷彿とさせる少しひねくれたロックンロールを土台に、10年代以降のインディームーブメントの風通しの良さが感じられ、例えばシャムキャッツやスカートが好きな人なら無視できないポップネスがあるように思う。しかも演奏も全パート本人の手によるものとのこと。隣のクラスの優等生が急に身近な存在になったような感じがする。(ドリーミー刑事)

崎山蒼志- 「感丘(with 長谷川白紙)」

初めて聴いた瞬間、驚きのあまり思わず変な声が出てしまった。

わずか17歳にして孤高の個性を確立しているフォークシンガー崎山蒼志の堅牢な骨格を、これまた弱冠20歳の鬼才・長谷川白紙が量子コンピューター級の処理能力で解体し、エレクトロニックフリージャズとでも呼べばいいのだろうか、一拍先の予想もつかないほどにスリリングなサウンドの中に封じ込めたこの曲は、もはやポップソングとしての体裁を完全に凌駕してしまっている。音の粒子が集合と発散、緊張と解放を繰り返すこの4分間の参照元は、もはや音楽や芸術ではなく、核融合や陽子崩壊や超電導など、自然科学の世界に求めた方がいい気すらしてくる。

それにしても、新たな若き才能との出会いとはポップミュージックリスナーにとって大きな喜びの一つだが、今まで私はその言葉の使い方を少し間違えていたのかもしれない。上の世代が積み上げた音楽的遺産を、年齢に不釣り合いなスピードで咀嚼し再構築するタイプのアーティストと、この二人のように遺産の有無に依らずに、まったく新たなアートフォームの発明を企てる若者を「新しい才能」と一括りにしてしまうのはあまりにも不正確に思えてしまったのだ。そんな風に聴く者の根本を揺るがす力が、この曲には宿っている。(ドリーミー刑事)

星野源 – 「さらしもの(feat. PUNPEE)」

スローなラグタイム風のピアノトラックに乗せて、初のラップを披露する星野源。NHK“おげんさんと一緒”の出演にも驚いたラッパーPUNPEEとの共作で二人の音楽性が見事にシンクロした一曲だ(風貌も似ている)。この曲を含む新作EPには、スーパーオーガニズムやトム・ミッシュといった海外アーティストとのコラボ曲が収録され、星野源が日本のポップスターにとどまらない世界のアーティストであることを印象づけるような作品だ。

けれど、そんな成功の華やかさとは意識的に距離を置いているのだろう。サケロック時代から追求してきた戦前ジャズやブルース、エキゾチカ、ソロになってから歌に軸を置いたフォークやソウル、ディスコなど、大きな成功をおさめた後もなお、ポピュラーミュージックの海原で新たな音楽の可能性に縦横無尽に挑戦し続けている姿が変わらずある。それに加えて、リリックでは持ち前の毒っぽいユーモア、ペーソスが表れていてラップでも歌心に溢れている。

EPのリードトラックである「same thing」 では“fuck you” と、次の本曲では、“人差し指の隣の指はまだ仕舞っておいて”と、曲を跨いで真逆のメッセージを歌う。いつも両義的な可能性を残しつつもそこに面白さを見出す彼の真骨頂がここにある。そんな姿は、今年デビュー50周年を迎えた細野晴臣の軌跡と重なり、過去と現在と未来の音楽を繋ぐ細野ファミリーの重要な後継者の一人として絶対に欠かすことのできない存在であることを改めて実感させられる一曲だ。(キドウシンペイ)

Text By Daiki MineDreamy DekaKei SugiyamaDaichi YamamotoYasuyuki OnoSinpei KidoEri Mokutani

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