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「キーワードは〈Play〉。遊び心があればいつだって楽しい」
マルク・オランデル、アクサク・マブール約40年ぶりの新作『Figures』を語る

04 July 2020 | By Yasuo Murao

プログレ、ポスト・パンク、ニュー・ウェイヴなど、実験的な音楽シーンが交差した70年代後半。2枚のアルバムを残して解散したベルギーのバンド、アクサク・マブールは、その独創的なサウンドが熱狂的なファンを生み出した。アクサク・マブールは、ロック、ジャズ、クラシック、民族音楽、現代音楽など、様々なジャンルを口笛を吹きながら横断するような軽やかな実験精神と百科事典的音楽知識を併せ持つ稀有なバンドだった。

バンドの中心人物のマルク・オランデルは、10代の頃から世界中の民族音楽を聴きあさり、やがてジャズやロックに刺激されて音楽の道へ進み、77年にヴァンサン・ケニスとアクサク・マブールを結成する。バンドは無国籍感漂うアヴァン・ポップなファースト・アルバム『Onze Danses Pour Combattre La Migraine(偏頭痛の為の11のダンス療法)』(1977年)。ヘンリー・カウやアート・ベアーズなど、前衛的なバンドとの交流によって、シリアスさを増したセカンド・アルバム『Un Peu De L’Âme Des Bandits(ならず者のように)』(1980年)を発表、その後、マルクは後に妻となるヴェロニク・ヴァンサンと共にハネムーン・キラーズのメンバーとして来日公演も行った。また、マルクはバンド活動と並行して世界中のユニークな音楽を紹介するレーベル《Crammed Discs》を設立。近年では、タラフ・ドゥ・ハイドゥークス、コノノ・NO.1、スタッフ・ベンダ・ビリリなど、ユニークなアーティストを次々と発掘した《Crammed Discs》は、世界有数のワールド・ミュージックのレーベルとして成長した。

そんななか、2015年にマルクはヴェロニク・ヴァンサン&アクサク・マブール・ウィズ・ハネムーン・キラーズという名義でアルバム『Ex-Futur Album』を発表して話題を呼ぶ。それは、アクサク・マブールのサード・アルバム用に80年代初頭に録音していたデモ音源をまとめたものだった。本作はマルクが予想した以上に注目を集めて、マルクはツアーをすることを決意する。そこには、レティシア・サディエール(ステレオラブ)をはじめ、彼らをリスペクトするアーティストたちが参加した。そうした新しい仲間たちとの交流も刺激になって、ついにマルクはアクサク・マブールとして40年ぶりの新作『Figures』を作り上げた。フレッド・フリス、スティーヴ・ブラウン(タキシード・ムーン)といった盟友達に加えて新世代のミュージシャンも参加した本作は、彼らの魅力を余すことなく伝える2枚組大作で、ピッチフォークは「野心的な新作」と評価した。再び動き出した伝説のバンドはどこに向かおうとしているのか。マルク・オランデルにメールで話を訊いた。(インタビュー・文/村尾泰郎)

Interview with Marc Hollander

——新作『Figures』は40年待った甲斐がある素晴らしい作品でした。『Ex-Futur Album』のリリースが新作を作るきっかけになったそうですね。

Marc Hollander(以下、M):『Ex-Futur Album』をリリースして、再びライヴをすることにしたんだ。 あのアルバムの大半の曲はデモのようなものだったから、 ライヴのためにバンドを新たに編成し、 編曲に手を加えることで新たなアイディアが次々と出てきたんだ。この一連の流れが新作を創るきっかけを作ってくれた。もし、10年前に誰かに「あなたたちはいずれ2枚組の新作を作って、たくさんのライヴをやることになるだろう」と言われても信じられなかっただろうね。

——アルバムを制作するにあたって、全体像や方向性など何か目指したことはありますか?

M:アルバムの制作過程はとても自然で直感的だった。 ひとつひとつ楽曲を仕上げていったんだけど、最終的にアルバムとしてまとめ上げていく際に進むべき方向が3つあったんだ。ひとつはインストと歌が入った楽曲、エレクトロニックとアコースティックの要素、プログラムされたものと即興的な要素をミックスすること。二つめはできると思ったことすべてをやり、音楽の方向性を含めて制限を設けないこと。そして、 これまでに発表した3枚のアルバムをさらに発展させたものにすること。そして、三つめはアルバムを最後まで聴いた時、まるで旅をした気分になれるようにアルバム全体を構成することだった。

——フレッド・フリスやスティーヴ・ブラウンなど様々なゲストが参加しています、彼らとはどんな風に曲を発展させていったのでしょうか。

M:ベーシック・トラックは、すべて僕とヴェロニク(・ヴァンサン)、そして、共同プロデューサーでもある娘のファウスティーヌと仕上げた。スタジオで録音したのは主にドラム・サウンドとフレッドとスティーヴンとのセッションだ。 「Taciturne」ではフレッドにどんなふうにヴィオラを弾いてほしいか、 ギターはどんなものを求めているのかを、かなり具体的に伝えた。彼が参加している他の曲は、やって欲しいことを少し伝えたこともあったけど、基本的にベーシック・トラックを聞かせて自由に演奏してもらった。彼は見事に即興で応えてくれたよ。いくつかの曲は、彼の演奏やフレーズをエディットさせてもらっている。スティーヴンが(サックスやヴォーカルで)参加した「Dramuscule」は、ヴェロニクが書き上げた歌詞をスティーヴンに事前に渡してあった。これは二人の登場人物による対話劇のようなものだから、ヴェロニクとスティーヴンはレコーディング前日にちゃんとリハーサルをしたんだ。

——アーティストによってアプローチが違うんですね。

M:他の参加ミュージシャンも、具体的な要望を伝えた者もいれば、方向性だけ伝えて自由に演奏してもらったものいる。リュシアン・フリポンのギターはすべて彼の自宅で録音してくれたもので 僕が書いたパートに彼がさらに思いついたフレーズやソロを加えてくれた。アクアセルジュのベンジャミン(・ベルナール)には「Formerly Known As Défilé」の中でフレッド・フリスとギター・バトルになるような演奏を頼んだ。最終的には僕がかなり再構築したものになっているよ。

——再構築といえば、エディットやプログラミングがアルバムにモダンな息吹を吹き込んでいるように思いました。前作から40年、機材も進化したと思いますが、そのことがアルバムに影響を与えていますか?

M:このアルバムで初めて音楽ソフトウェアを使ったことが新たな可能性を拡げてくれたと思う。レコーディングとアレンジのソフトウェアを使ったのも初めてだし 自分一人で録音したのも初めて。昔はそんなソフトウェアもなかったし、誰かのプロデュースをする際も、ずっとエンジニアと一緒だったからね。こうした制作環境は自分には合っているようで、10分の即興もできるし、そこから曲と曲を繋いで選りすぐりの小曲を作ることもできる。とりわけ、エディット、エフェクト、コラージュの作業には適していると思う。その一方で、ソフトウェアに馴染み過ぎて型にはまった同じことを繰り返してしまう恐れもあるから、この自由自在さとは距離は保つようにしているよ。エレクトロニックとアコースティック、プログラムされたビートとドラムの生音、それぞれの良いところを活かして、ひとつひとつの楽曲の息づかいと生々しさが失われないよう心掛けたつもりだ。

——アクサク・マブールの曲は、緻密に構成されている一方で即興的な要素も強いように感じます。あなたはエリック・ドルフィーやソフト・マシーンなど、ジャズからも強い影響を受けたそうですが、即興性についてはどのように考えられていますか?

M:ロック・ミュージックの中にも、即興や自由に演奏するパートがたくさんあるものもある。ヨーロッパ以外の音楽、バルカン、インド、アフリカの音楽も同様だ。多くの人達にとってそうであったように、即興という点ではジャズもインスピレーションの源のひとつだ。即興で援用できるメロディックな要素、フリーフォームなメロディの断片の数々は楽曲の主旋律にもなりえる。このアルバムでは、即興の要素はアレンジ、全体の音像の中に溶かし込ませているよ。

——10代の頃から様々な民族音楽を聴かれていたそうですね。その多彩な音楽性やユニークなリズムが、アクサク・マブールのサウンドに反映されています。民族音楽のどんなところに惹かれたのでしょう。

M:僕が10代だった60年代は、インドの音楽がとても人気があった。僕はヨーロッパ以外の音楽にとりわけ興味があって、 オコラ、ユネスコといったレーベルがリリースしていた アフリカ、中近東、パキスタン、ヴェトナム、日本、ソロモン諸島といった世界中の民族音楽を聴いたんだ。あとアメリカのフォークやブルースも。それも民族音楽と言えるよね? とにかく、手当たり次第、見つけられるものは何でも聴いた。カンツオーネもフレンチ・ポップもね。つまりその後、英米でワールド・ミュージックと呼ばれるようになるもの、イギリス、アメリカ以外のものすべてというやつさ。そこにはカンツオーネもフレンチ・ポップも含まれている。僕は様々な楽器、リズム、そこから生み出される音楽が好きなんだ。そういった音楽は、世界には多様な文化があり、様々な音楽言語があるということに気づかせてくれるからね。

Marc Hollander

——70年代にヘンリー・カウやアート・ベアーズ、ディス・ヒートなど、レコメンデット・レーベルやR.I.O.(ロック・イン・オポジション)周辺のアヴァンギャルドなアーティストを交流を持ったことは、あなたにどんな刺激を与えました?

M:僕はヘンリー・カウのファンだったから クリス・カトラーがアクサク・マブールのファースト・アルバムを気に入って配給までしてくれたことや、 その後、フレッド・フリスがセカンド・アルバムに参加してくれたことなど、そのすべてが特別な経験だった。2018年にアナログ盤で再発したセカンド・アルバムには、彼らが寄稿してくれた文章を掲載しているからぜひ読んでみてほしい。僕らにはたくさんの共通する音楽的なバックグラウンドがあったんだ。とても強烈で楽しかったアート・ベアーズとのツアーも想い出深いね。彼らの楽曲は一見シンプルなんだけど、自分で演奏してみると学ぶことが多いんだ。フレッドのアルバム『Gravity』に参加したのも楽しかったよ。彼らと共有した様々な経験が、音楽制作やスタジオで活かせる様々な知恵を僕に授けて、視野を拡げてくれたんだ。

——『Ex-Futur Album』を様々なアーティストがリミックス/リワークした『16 Visions Of Ex-Futur』(2016年)には、ナイト・ジュエルやレティシア・サディエールなど若い世代のアーティストが参加しています。彼らとはどういう繋がりがあったのでしょう。

M:このアルバムのアイディアは、多くのミュージシャンたちが『Ex-Futur Album』を気に入ってくれたことから始まった。 まず、直接、私達に声をかけてくれたミュージシャンたちに、よかったらカヴァーやリミックスをやってみないかと提案した。その後、私達のことを気に入ってくれるかもしれないと思えるミュージシャンたちに声をかけた。そのやりとりを通じて、アクアセルジュのメンバーやレティシア・サディールととても良い友達になった。2016年のツアーでは、彼らに加えてフィンランドのヤーコ・エイノ・カレヴィも参加して、いくつかの公演では9人編成にまで拡大したんだ。

——アクサク・マブールは多様性と実験性、そして、独自のポップ・センスを併せ持った稀有なバンドです。あなたからみて、アクサク・マブールの音楽になくてはならない要素とは?

M:そんなふうに私達のことを捉えてくれて、とても嬉しいよ。 さて、どう答えたらいいだろうか……。ポップとエクスペリメンタル、シリアスとユーモア、ローカルとグローバル そういったコントラストが好きなんだ。おそらく、それはベルギーで生まれ育ったことも関係していると思う。この国の人々は、国外の文化にわりとオープンに接して影響を受けるんだ。自然な謙虚さ、自省、ユーモアのセンスを持った人は多いと思う。でも、ベルギー人がみんなアクサク・マブールのような音楽が好きなわけではないけどね(謙虚さが足りないね!)。このアルバムは本当に自由に作ったんだ。 売れることや評価されることを求めたりせず、僕が修得してきたことや、好きな音楽的な要素やコンセプトを総動員して楽しくやりたかった。たぶん、〈Play(遊び)〉という言葉がキーワードだね。遊び心をもって取り組めば、いつだって楽しいはず。それはこのアルバムの半分、声と言葉で参加してくれたヴェロニクにもいえることだ。彼女は常に様々な可能性を探りつつ、たくさんのことを試みてくれた。

——〈Play〉、確かにアクサク・マブールには重要なキーワードですね。そういえば、来年に来日の予定があると伺いました。 今後、世界がどうなっていくかわかりませんが、あなたたちのプレイが拝見できるのを楽しみにしています。

M:アルバム発売後に予定していたヨーロッパでのすべてのコンサートが延期になってしまったんだ。 すべてが元通りに……いや、少なくともふつうにツアーができるようになることを望んでいるよ。 現時点では2021年の2月に日本に行く予定なんだ。もう、随分前のことになるけれども私とヴェロニクはハネムーン・キラーズのツアーで一度だけ日本に行ったことがあって、今となってはとても良い想い出なんだ。2枚組のこんなに長いアルバムに聴く時間を割いてくれて、熱烈な反応を返してくれる日本のリスナーに感謝の気持ちを伝えたい。ありがとう。実はすでに次作の制作に取り掛かっているんだ。恐らく、今作とはまた違ったものになると思う。来年、日本のリスナーに会えることを楽しみにしているよ!


<了>

https://aksakmaboul.bandcamp.com/album/figures

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Text By Yasuo Murao


Wake UP!

Aksak Maboul

LABEL: Crammed Discs / Windbell
RELEASE DATE: 2020.05.15

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